窒息する花


私は市中の雰囲気が好きだった。ガヤガヤと楽しそうな、活気あふれたあの雰囲気が。だから自由が利くときはだいたい市中のご飯屋さんに行く。美味しご飯屋さんを見つけるのが私の趣味の一つでもあった。

目星をつけておいたご飯屋さんに入ると、なんだか騒がしかった。けれどその騒がしさは店全体ではなく、一部だけが騒がしいようだった。とはいえ、これもまた市中ならではの風情かなと気にせずそのまま店内へと入っていった。

次の瞬間、物が倒れるような騒がしい音がしてそこに目が行った。すると思いもよらない人物と視線がかち合った。

「あ?なんだ、●●と蓬玉かよ」

そこにいたのは黒い服に身を纏った歌士官、一葉。この一葉という男は一言目から人をイラッとさせるような言葉を平然と言ってのけてしまうから困る。

「いやねー。なんだって何かしら?」

私は誰にも見えない位置にある、一葉の足を蹴ってやった。

「いった!」

痛みで足を押さえる一葉を完全無視し、私はその隣に座っていた可愛い可愛い槙紅に視線を向けた。すると槙紅はきらきらと純粋な瞳を向けてくれる。一葉とは大違いだ。

「●●さん!蓬玉さん!お久しぶりです!」
「久しぶりー」

きらきら、と効果音が付きそうな視線でこちらを見る槙紅に負けんばかりの純粋な笑顔を向けて応えた。それを見た一葉が小さく鼻で笑った。なので私は痛む良心を押さえながら足を蹴ってやった。もちろん、狙うは弁慶の泣き所。人の笑顔を見てそんな反応をする男にはこれくらいで丁度良い。

「何で蹴られるんだよ!」
「蹴られて当然のことしてるからでしょ?」
「二人は相変わらず仲良しですねー」
「「どこが!!」」

槙紅の言葉に一葉とタイミングよく返してしまった。不覚。

「お久しぶりです」

蓬玉は少し遅れて二人に軽く礼をしてあいさつした。蓬玉は誰に対しても礼儀正しく、基本的には必要なことしか話さない。そんな性格だからだろう、あの一葉でさえ蓬玉には無駄口はたたかない。

「●●さんがこんなところで何を?」

首を傾げて不思議そうにしているのは調教師の羅漢さん。
何故ここに私がいるのか、何故一葉と知り合いであるのか分からないと顔に書いてある。

「はじめまして。調教師の羅漢さん」
「は、はじめまして。っていうか、何で俺なんかの名前を?」

羅漢さんの頭の上にはたくさんのはてなが飛んでいた。瞳は前髪で隠れているけれどあまりにも分かりやすい表情に私は思わず笑ってしまった。

「市中を探索したりしてるから、自然と知ってます」
「お前、仕事はどうしたんだよ。どうせ机の上に書類が残って」
「やぁねー。日本が今、神無月だって知らずに神様探しする誰かさんには言われたくないわねー」

反撃もかねて得意げに笑ってそう言ってやると一葉は「知ってたのかよ」と不服そうに押し黙った。

「●●さん達もこれからご飯ですか?よかったら一緒にどうですか?」

そういうつもりはなかったけれど、槙紅の真っ直ぐな視線に耐えきれず私は頷いて相席することにした。

私の後を追うように蓬玉が席に着く。蓬玉は必ず私の半歩後ろを歩いていた。私は嫌だと言ったのに蓬玉はこれは主従関係のけじめですと折れなかった。結局、喧嘩にまで至ったが、最後には私がしぶしぶ了解することで収拾をつけた。本心を言えば今だって嫌だ。

私は片手をあげて店員さんを呼び、お昼ご飯を注文した。

「で、何の話してたの?」
「師父の再調教が必要だって話です」
「ちげーだろ!」
「やだ、破廉恥な!」
「どうしてお前はすぐそうやって下ネタの方に持っていこうとするんだ!」
「えー違うのー?」

わざとらしくそう言ってやると、一葉の額に青筋が浮かび上がった。
こうもまともに反応してくれると、なんだか楽しくなっていじるのが止められなくなる。

「師父ってむっつり?!」

カミングアウトされたかのようなショッキングな表情を浮かべた槙紅は一葉は一発お見舞されてしまった。

「大丈夫?」
「師父ってばひどいです」
「ねー」

槙紅を気遣って言葉を掛けると、潤んだ瞳がこちらに向けられる。それがとてつもなく可愛い。相手は男だし、私より身長が高いんだけど、こういう反応をされると母性本能がくすぐられる。

「そうそう、そこなんだよなぁ」

そんな私たちの様子を見て、何かを思い出したかのように羅漢さんは頷いた。四人の視線が羅漢さんに集まる。

「そもそも、歌士官っていう仕事は、『他国に流れちまった神を連れ戻す』ってことになっちゃいるが、んなもの滅多に見つかるもんでなし。結果現状、よその国の地霊や精霊なんかを集めてきて持って帰ってくるのが主だろ?」
「羅漢さん、痛いとこ突いてくるのねー」

辺りの空気を理解はしているが、私はあえて茶化すように羅漢さんの言葉に口を挟んだ。そして運ばれてきた料理を口に運んで頬張る。「美味しいなぁ」なんてひとりで愉快に笑って。そこに深い意図があったわけじゃない。でも、この話のいきつく先が少し想像できたから、そのための迂回をちょっと入れてみただけだ。

「歌士官は自分の数珠にそれらを納めて支配する。『神』と言われるものと違って、奴らはほぼ獣と一緒だ」

私はゆっくりと自分の胸元へと視線を落とした。食器から手を離し、数珠、斎に触れる。連なる珠の一つに、『蓬玉』の名が刻まれている。

「だからどうやったって上下関係が生まれる。種族によって、性格やら忠誠度とかは違うだろうが、どうやったって、主人には畏縮するし、従うもんなんだ」

羅漢さんの視線が一葉と槙紅から、蓬玉に移る。これが良い典型的な例だとでも言いたいのだろう。そう言われても仕方ないだろうが、それは私の本意ではない。けれど蓬玉は羅漢さんの言葉に律儀に礼をした。褒められた、とでも思ってるに違いない。私にしてみれば、とんでもない。

「もし主人が死ねって言えば・・・・・それこそ死んじまうくらいにな」

嗚呼、きっと蓬玉だったらやりかねない。喜んで死ぬだろう。「貴女の命で死ねることは光栄だ」とか意味の分からないことを笑って言って。想像に難くない。

私と蓬玉の間から店員さんの手が伸びてくる。待ちに待ったお昼ご飯が運ばれてきた。

「それをよくもまぁ・・・。逆にどうしたらそんな反抗できる個性的な調教が出来るか教えてほしいぜ」
「それは、ほら。俺がずば抜けて強くて優秀な子だったからで」

満面の笑みで、けれど至って真面目に槙紅はそう言い切った。そしてしばしの沈黙が流れる。その意味を分からない槙紅は固まってしまう。ぶっはーっと、羅漢は過呼吸と間違えられそうな笑いで机に突っ伏した。

「ちょっえっ、なんですかーー!?」
「笑われてんだよ」

いきなりの羅漢さんの反応に槙紅は焦る。笑っているのは分かったけど、どうして笑っているのか分からない私は首を傾げた。

「何もおかしいことないよね?」

周りの反応が謎過ぎて、私は確認を取るため槙紅に尋ねた。槙紅はこくこくっと首を縦に振ってくれた。そんな私たちを見かねたのか、一葉はため息を吐いた。

「いや、おかしいだろ」
「だって、こんな頼りなくて職にはついていても他の人に食糧たかってる人を支える槙紅が優秀じゃなかったら今頃一葉のたれ死んでるよ?」
「おい、そりゃどう意味だ」

そう言って、ものすごい形相でこちらを睨んでくるが、間違ったことを言ったつもりなんてないから気にしない、気にしない。そして私の言葉でさらに笑いを大きくさせた羅漢さんについてはもう触れないでおこう。笑い上戸になっているようだった。

そんなことを思いながらあたしは冷めてしまった料理に再び手を付け始め、ようとした。

その瞬間、後ろから声が聞こえてきて、自然と手が止まった。

「楽しそうな話してんな」

声であることは変わりないのに、発する人が違うだけでこんなにも違いが出るのは何故だろう。

「槙紅の調教の話か?だったら俺も興味があるな。ぜひ混ぜてくれよ」

店の入り口からこちらに来たのは藍采和様だった。歌士官を統括する水官の長であり、八仙の一人。




そして――――――私の育ての親だ。



「うわっ、藍様?!何故こんなところに!!」

羅漢さんはぎょっと驚いた。こんな市中の店に八仙の一人がやってくるなんて誰も想像できない。その反応は至極妥当だろう。

「久しぶりだな」
「はい、お久しぶりです」

座りながらではあったけど、私は藍様に軽く礼をした。

「何故こんなところに、と聞かれれば答えは一つだ」

藍様は小さな体から生えた二本の手を腰に添え、目を俯かせながら含みのある笑みを零した。次に喋り出したのは、藍様の背後に立っていた二人の部下、龍王の九子の双子。

「仕事に飽きて逃げてきたところを捕まえられて」
「せめて昼メシをここで食わせろとごねまくった」

二人の眼光は鋭く、見るからに不快を表情に浮かべていた。
上司のしわ寄せ受けるのは、結局部下だ。それがこの上なく面倒なのは言うまでもない。その辛さは嫌というほど身に染みている。何度も経験したら慣れるものと最初は高を括っていたが、それは違うらしい。積もり積もるストレスは半端ない。

「故にここにいる!!」

勝ち誇ったような笑みを浮かべて、藍様は短い片手を上にあげ、ポーズを決めた。誰もがそれがさぼりだと心の中で呟いているだろう。

藍様は私たちと同じ席に着き、すぐに料理を頼んだ。一回の食事にしてはその量は多いように思う。そんな小さな体のどこに入るのだろうか。

「また一葉が収穫ゼロ?」

料理が運ばれてきた瞬間、藍様はがっついた。書類を処理するときもこれだけのスピードがあれば長時間拘束されずに済むのに、と思ったがやっぱり書類とご飯ではやる気が違いすぎる。

私はまだお皿の上に残っている食べ物に視線を落とした。時間がたって冷めた上に、表面が少し乾燥しているようにも見える。温かければ美味しそうに見えるのに、一度冷めてしまうとそうは見えない。


「あーあ、唯一の弟子がそこまで不肖とはねぇ・・・泣けてくるよ」

最後の一口を口に運ぼうとしたが、箸の間から逃げてしまった。それは机の角に当たり、ぽとっと床に落ちてしまった。これではもう食べれない。でも落ちたままにしておくのは駄目だと思い、拾おうと手を伸ばした。けれど店員さんの足に当たり、それは手の届かないところまで転がってしまった。そして、自分の足元にそれがあるなんて知らない客が無意識に動かした足でふんずけてしまった。

「あ」

間抜けな声が自分の口から漏れる。拾おうとした手は行き場を、その意味を失い、戸惑う。そんな私を引き戻すように蓬玉は私の左腕をつかんだ。

「姿勢を崩して転びます」
「あ、うん」
「もう食器下げますよ」
「・・・・・・。ありがとう」

微笑む蓬玉にそう返して顔を上げる。するとそこには槙紅と一葉の姿は無かった。
だいだいの見当はつく。私は黙って下げられる食器に視線を向けた。今、そこ以外にどこを見たらいいか分からなかった。

「全く・・・・。師父を大事にしねぇとろくな歌士にならんぞ」
「はは、歌士官ねぇ」

いつの間にか、あれだけ大量に頼んでいたはずの料理は三分の二程姿を消していた。藍様はまだ余裕の表情だった。あんな量をぺろりと平らげてしまう胃袋を私は想像できない。

「いいのさ。あいつは歌士官になんてなりたくねぇんだからさ」

意味深な言葉を上手く理解できない羅漢さんは黙ってしまった。

「んあーッ。食った、食った!!よーし、じゃあ、腹ごなしに少し散歩・・・・」

見事短時間でたいらげた藍様は、満足げにお腹をさすった。すると待っていたと言わんばかりに部下の二人は藍様の両手をがちっとつかんだ。両手を取られた藍様はなすすべなく、そのままずるずると連れて行かれる。

「あの―――藍様。一つ聞いて良いですか」

羅漢さんはゆっくりを口を開いた。その声色は先程よりも少し落ち着いていた。

「うん?」
「一葉のやつ・・・・歌士官になりたくてなったわけじゃないんですか?歌士っていやあ、高給取りだし、誰でもなれるわけでもない。社会的信用も高いし、何より・・・・」

羅漢さんは次の言葉との間に一呼吸置いた。

「唯一、この国から外へどこへでも出ていける仕事だ。嫌がる理由がわからないんですケド」

羅漢さんの言葉に、藍様は繋がれた手を離すよう指示した。そして自分の足で立ち、ぽけっとした表情で羅漢さんに視線を向けた。

「そんなこと、答えはカンタン。あいつがこの世で一番嫌ってる奴が歌士だからだよ」
「へ?誰です?」

返ってきた答えに、上手く頭が付いていけてないのか羅漢さんはぽかんとしてしまう。羅漢さんが予想していたのはもっと重い答えだったのだろうか。まぁ、この意味をすぐに理解できる人なんてよほど理解能力が高い人しか無理だろう。

藍様はにっと笑って、自慢げに自分を指さした。

「俺」
「えーーー!」

真実はそう軽々しくない。術とを知りながらそうやってうまく冗談めかしてさらっと言ってのけてしまう藍様はすごいなァと感心してしまう。私はそういうことが上手くできない。認めるのは嫌だけど、そういうところが不器用で、思うように自分の感情をコントロールできないところがある。未だ上手く出来ている自信がない。本当はもっとうまく自分の感情をコントロールして立ち回りたいのに。こればかりは何度練習しても解決できない。

「えっ・・・いやだって・・・・・師父で・・・・。え、じゃあ、なんであいつ歌士なんて・・・・」
「そうするしかなかったからな」

藍様がそのまま言葉を続けようとしたところを私は立ち上がることで一旦止めた。

「話の途中、すみません。私、急がないといけない仕事があるのでこの辺で失礼しますね」

そう言って微笑みを振りまきながら私は身をひるがえしてこの場を後にした。上手く笑えていただろうか。これが苦し紛れの行動だと気づかれてはいないだろうか。
蓬玉は律儀に羅漢さんと藍様に「失礼します」と一礼した後、私の後を追ってくる。

「あ、代金・・・」
「机の上に置いてきましたから大丈夫です」
「え、あ、ありがとう」

全く、蓬玉は完全無欠だ。
それに比べて私はなんて幼稚なのだろう。


一葉とも、藍様とも、普通に会話は出来る。けれど未だ、藍様の口から一葉のことを聞くのは、上手く受け止めきれないでいた。