中世ヨーロッパの伝統的建築を思わせるような重厚な雰囲気が漂う部屋には、天蓋の付いたベッドや机、椅子、化粧台などが置かれていた。この部屋の主の趣味でどの家具も全てアンティーク調に統一されている。四方の壁の一つがまるまる本棚になっており、そこにはぎっしりと本が詰められていた。それだけの本がありながら、机の上にはその本棚にも入らなかった本が積まれていた。
キィと少し古びた音を立てながら部屋の扉が開いた。
「まさか、真昼がわざわざこんなところまで来てくれるとは思わなかったわ」
「初めてね、●●の部屋に来たのは」
真昼は部屋をぐるりと見回した。
同じ年頃の一般的な女の子の部屋に比べると全く似つかないこの部屋には一切の生活感がない。まるで映画のセットのように整えられ、人の生活している部屋とは思えない。
「そうね。そして、きっとこれが最初で最後になるのね」
ベッドに寝ころびながら本を広げていた●●だが、パタリと本を閉じて起き上がった。化粧台の前に立つ真昼と鏡の中で目が合う。
「●●、あなたは私を止める?」
「どちらの意味でも、私は真昼を止めないわ」
「どこまでも優しいのね、●●」
真昼は●●の方を振り返って微笑んだ。
「でも、寂しいから行かないで、とは言ってくれないの?」
茶化すようなわざとらしい口調で言う真昼に●●は小さくため息をついた。
「寂しくない理由はどこにもないわ。けれど言ってやめるような人じゃないでしょ、真昼は」
「さすが私の親友だわ」
「ほんと、なめるのもいい加減にしてほしいわね」
「そう怒らないでよ、●●」
真昼は肩をすくめて笑う。
「怒ってなんかないわよ」
ベッドから立ち上がった●●は手に持っていた本を本棚へと戻し、真昼へと振り返った。
「それより体、大丈夫なの?鬼呪の実験、大変なんじゃないの?」
「●●は何でもお見通しなのね。スパイでもいるの?」
「スパイなんていらないわ。百夜教の情報を渡してくれるだけで十分。別に何をしようってわけじゃない。ただ知っておきたいだけよ」
「●●は興味ないものね、帝ノ鬼にも帝ノ月にも百夜教にも」
「そうね、まったく興味がわかないわ」
「それにしても不思議ね、●●は何ともないの?」
「それは私も思うけど特に何ともないの」
「そう。私は大丈夫よ、何ともないわ。心配してくれてありがとう」
「親友を心配するのは当然のことよ」
「でもここは●●の言う当然のことが当然のことのようにできない世界」
「・・・・・・・。この世界はこの年末に一度滅びる」
「えぇ」
2人の視線が窓の外へと向けられる。
窓の外に広がっているのは白い雲がぽつぽつと浮かぶ何の変哲もない青い空。風になびく木々。わずかに鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
しばらく外を眺めていた2人だが、●●は視線の窓の外から真昼に移す。それに気づくと真昼も●●に視線を合わせ、●●の言葉を待った。
「貴女の言葉に半信半疑な感情を抱いてたようだけど、ちゃっかり一瀬グレンは密かに鬼呪の研究を進めてるみたいね」
「私の鬼呪の研究には興味なかったのに、グレンの鬼呪の研究には興味あるの?」
「そんなわけないでしょ。興味ないわよ、鬼呪なんて。強大すぎる力はいつかその身を亡ぼすわよ。あぁ、でも生徒会長様が知れば喉から手が出る程欲しいでしょうね。世界征服を夢見る正真正銘の愚か者だから」
「●●はこれからどうするの?」
「分からないわ、まだ・・・・」
「少しわがままに自分勝手に自分のために生きてもいいんじゃない?」
「そうしたいところだけど、どうすればいいかとうの昔に忘れてしまったの」
「・・・・・・元気でね、●●。大好きよ、ずっと。あなたと親友になれたことはとてつもない幸福だったわ」
「私もずっとずっと大好きよ。真昼。何があったって貴女を信じてる。貴女の幸福だけを祈ってる」
「ありがとう」
●●と真昼は互いに一歩ずつ歩み寄った。そして互いだけをそれぞれの視界に映した。
「さようなら、真昼」
「さようなら、●●」
そう言って微笑みを残して真昼は部屋を出ていった。バタンという扉が閉まる音と共に部屋には沈黙がやってきた。
しばらくして聞こえてきたのは息を殺す呻き声。そして、静かに流れるのは透明な雫。
窓の外では時間の経過を伝えるかのように僅かに陽が傾きはじめる。
「息をすることさえ苦しい、酷く残酷なこんな世界では真昼を、貴女を通してこの世界と繋がるしか生きていけなかった。そんな私が、貴女を失ったこの世界でどうやって生きていけと言うの・・・・」
そして運命の、決別の日はやってきた―――――