選抜術式試験、一日目。
一堂に集められた生徒たちの熱い声援で騒々しかった。声援とは言いつつも、綺麗で純粋な動機であがる声援ではなかった。自分よりも家柄が格上の人に対するまるで媚びるような声援。そんな気分の悪い声援は柊の苗字を持つ僕にも例外なく向けられた。誰も僕自身を応援しているわけではない。「柊」という自分たちにはどうにも贖えない家柄に対して向けているだけに過ぎない。
試合を終えたものの、一息つくほど疲れてもいないのでどうしようかと思っていた。方々から聞こえてくる声援や喜びの声に交じって罵倒が聞こえてくる。それが多く聞こえてくるところへ足を運ぶと、案の定、罵倒の先、観衆の中央には一瀬グレンがいた。
けれど見る気も起きなかったのでそのまま踵を返そうとした時、視界の端に見え覚えのある髪色が移る。それに即座に反応するように振り返ると、●●がいた。辺りがざわめく。先程まで聞こえていた罵倒の声はぴたりとやみ、視線が●●一点に集まる。
「ど、どうしてここに・・・」
「●●様!?」
周りが何と言おうともまるで何も聞こえないかのようにざわめく観衆を割いて歩く。その足は一瀬グレンの目の前で止まった。
「貴方ってばもう少し良いとこ見せようっていう気はないの?いつも馬鹿なんだから、こういう時ぐらいマシなところ見せなさいよ」
●●につめよられるグレンだが、何も言わず突っ立っているだけだった。
「親友でも真昼の趣味を疑いたくなるわね。これのどこに男として魅力を感じたのかしら」
そう言うと、●●の口角が上がり、グレンの胸元を突き飛ばした。あっけなく地面にしりもちをついたグレンは何事かと●●を見上げた。
「そんなんじゃ、可愛い可愛い真昼に捨てられるわ」
そう言い捨てて●●はその場を去っていった。恐らく向かったのはこれから真昼の試合が行われるであろうところ。●●は名前こそトーナメント表にあったものの、その上から二重線がひかれていた。おそらく棄権したんだろう。
一瞬の間を開けて僕の足は●●の行った先を目指して動いていた。
とても穏やかな表情を浮かべて真昼と●●は何かを話していた。この柊家が牛耳る世界の中でトップの2人が同じ場所にそろっているのだから、もちろん他の生徒たちは少し距離を開けながら食い入るように二人を見ていた。
「自分の教室にはほとんど行っていないと聞いていたけれど、試験にはきちんと顔を出すのね」
「まさか、そんな訳ないじゃない。真昼の勇姿を見に来たのよ」
「それだけのために?」
「それだけ?何言ってるのよ。私がここにいるに十分な理由よ」
「●●ったら」
●●に見せる真昼の顔も、真昼に見せる●●の顔も、そのどちらもが僕とって初めて見た二人の表情だった。普段はあまり人を寄せ付けないような雰囲気をまとい、優しく裏のない微笑みを見せることもあまりしない。僕だけでなく周りにいた多くの者にとっても2人はそういうイメージだろう。それが今僕の視界に映る2人はそうではない。
やわらかに微笑み、穏やかな雰囲気を醸し出す2人の様子は“親友同士の会話”という言葉に真にふさわしい。そこにあったのは確かに“友情”そのものだった。
己自身の努力や才能、実力よりも家柄や血統が評価されて優劣や序列を否応なしに決められるこの薄汚れた世界の中では2人はとても眩しく輝いて見えたし、それと同時に異常にも見える。それはきっと、この薄汚れた世界を恨みながらもその世界を流れる無色の風にあらがえずに流されているからだろう。
きっと「柊」でさえ2人の仲を裂くことは出来ないだろう。
「親友の見ている前でみっともないところ見せるわけにはいかないわね」
「応援してる。ただ残念なことに貴女の想い人はみっともなかったけれど、ね」
「あら、グレンの試合見ていたの?」
「貴女の試合を見ようとここまで来る間にたまたま目に入っただけよ」
「親友をなめない方が良いわ。●●、グレンに少し興味持ってるでしょ」
「・・・・確かに、興味あるわ」
「ほら」
「だって、興味ないことにはまるで興味ない真昼が興味を持って、しかも好意を抱いた相手よ?興味持たないわけがないじゃない。実に興味深いわ。貴女を落とせるだけの魅力が彼のどこにあるのか」
「興味の対象が好意の対象に変わらないことを祈るわ」
「そんなことありえない」
笑顔が消えて真顔で言いきった●●の反応に真昼は軽くおなかを抱えて「冗談よ」と笑った。
「そうね、●●のタイプではないものね。というか、そんな本気にしなくても」
「真昼が変なこと言うからよ」
「ごめんなさい。じゃあ、そろそろ行くわ、●●」
「頑張って、真昼」
真昼と話しているときは嬉々として輝いていた●●の瞳が少し陰るも、その視線が外れることはなかった。
競技場に立つ真昼の姿は凛としていて美しく、思わず息をのんだ。
動くたびに揺れる長い灰色の髪がたかが試験の試合でしかないものを美しく演出していた。一切の無駄がない完璧な動きに瞬きするのを忘れそうになる。
「自分の意思とは関係なく選ばれた許嫁の試合を応援しに来るなんて可愛いところあるのね」
一瞬息が止まる。●●の視線がいつの間にか僕に向けられていた。
「貴方って見た目はとても理知的な紳士に見えるけど、初日にグレンに喧嘩吹っ掛けたり、わざわざグレンの隣に席を移動させて自ら真昼の許嫁だって言っちゃうなんて、思春期の男子高校生そのものね」
息を、呑んだ。その後、絞り出すようにして出たのは言葉にならない声だった。
「え・・・・」
「皮肉なものね。「柊」を嫌悪しているにも関わらず、「柊」によって決められた許嫁に心を傾けてしまうなんて。しかも相手は柊家の次期当主候補。まぁでも、仕方がないわ。だってしては真昼だもの。当然の結果といえば当然の結果ね」
僕が何も言えず黙っていると●●はクスリと笑った。
「大丈夫よ、誰にも言わないから。それに別に貴方の想いを邪魔することもしないわ。そうやって誰かを想う気持ちはとても大切なものよ」
ふと言葉の最後が寂しそうに途切れた、と思っていたら周りから歓声があがった。競技場の中心では真昼が●●を見て微笑んでいた。真昼が勝ったのだろう。
誰も真昼が負けるとは一切思ってもいないだろう。「柊」が勝ったことに義務のように歓声を上げただけに過ぎない。
「真昼の口からでなく、許嫁の口からその事実を聞いた時、素を見せて驚いたようだから、グレンもきっと本当に真昼を想っているのね。残念な愚か者だということは拭いきれないようだけど」
それだけ言い残すと●●は満面の笑みを浮かべて真昼の元へと駆けていった。純真な少女そのものの笑みに目を奪われる。
「さすがだわ、真昼!」
「ありがとう、●●。貴女が見守ってくれてたおかげね」
「そんなことないわ。全部貴女の実力よ」
2人が勝利の喜びをかみしめ合っていると、隣から女子生徒の悲鳴が聞こえた後、大勢の笑い声が聞こえた。何かを嘲笑っているような不純な笑い声。
「真昼?」
●●の疑問の声をよそに真昼は嘲笑いの声のする方へと向かって言った。皇羽はその後を追おうと一歩踏み出したが、すぐにその足を戻した。
「なぜ止めない!試験官!」
悲痛な叫びが聞こえた。グレンのものだ。
観衆の間から競技場に不敵な表情を浮かべて立つ男子生徒と意識がほぼ遠ざかってしまっている程ボロボロになった女子生徒が見えた。それは柊暮人の弟である柊征志郎と一瀬グレンの従者である花依小百合だった。
この状態から察するに、実力的に劣ると分かっていながら征志郎は己の欲求のままに花依を半殺しのような状態になるまでいたぶったんだろう。
そして人を見下すような笑いは、格下の相手に対して非人道的な行いを行った征志郎に対してではなく、裏切り者帝ノ月の一瀬グレンの従者をしている花依小百合に向けられている。
ここでは何の変哲もない日常に過ぎない光景。驚くほどのことも呆れるほどのことも心を痛めることも気に留めることもない。これがここの普通で当たり前の日常的風景なのだから。
「あぁ、本当に反吐が出るわ」
小さく唸るような低い声が聞こえた。その声のした方を向くと●●、がぞっとするような冷め切った目でその光景を見ていた。
「ここはエリートの集まる学校と聞いていたけれど、それは救いようのない“屑”のエリートが集まる学校ってことだったのね。動物園にでも入れられた方がまだましね」
吐き捨てるようにそう言うと、●●は踵を返し、少し荒い歩調でその場を去っていった。