チュウコク

第一渋谷高校がスーツの男たちに襲撃され、臨時休校が終わった数日後。
事件後、帝ノ鬼により襲撃してきた組織は全滅をしたとの発表が出たせいもあってか、以前のような変わらない日常がそこにはあった。

そして、襲撃によって中断されていた選抜術式試験が、評価の終わっていない生徒のみ再度行われることが決まったと告げられた。

僕のクラスからは、僕と十条美十、五士典人、そして一瀬グレンが召集を受けた。
“評価の終わっていない生徒のみ”なんていうのはただの御託で、きっとこれは暮人兄さんの差し金だ。“内部審査”といったところだろうか、襲撃犯のスパイをあぶり出そうとしているんだろう。大方の見当はついたものの、だからってどうするわけでもなく僕は言われた通りに試験会場へと重たい足を運んだ。

「・・・・・」

試験会場に向かう途中、自分の足は少し遠回りをして保健室の前を通った。

彼女は、皇羽は柊家現当主である柊天利の屋敷の離れに住んでいるらしいけれど、養子でしかない僕が行けるはずもなく、皇羽と接点を持つことのできた保健室と図書室に足を運ぶことしか出来なかった。まるで何かを求める亡霊のようだと自分でも少し自嘲の笑みが漏れたけど、それでもやめることは出来ないでいた。とはいえ、皇羽を見つけることもできず空しくその場を去るだけだった。
そして、今日も。

僕が試験会場へ到着したその5分後、一瀬グレンが姿を現した。

「遅刻だぞ、一瀬グレン」

第一渋谷高校生徒会長にして柊家次期当主候補の柊暮人は刺すような冷たい視線で一瀬グレンを見た。その場にいた全員の視線が一瀬グレンに集まる。

そして次の瞬間、暮人兄さんは驚きの言葉を口にする。

「一瀬グレン、質問がある。答えろ。お前は四月に襲撃してきた“百夜教”にこの学校の情報を売ったか?」
「あの、それはいったいなんのことか・・・。そもそも私は嫌われ者で、売れるほどの情報を持ち合わせては」
「それは信じる。だが、情報は売っていないが“百夜教”には組みしている。違うか?」

問うているようで問うていない暮人兄さんの言葉にグレンは答えようと口を開く。

「ちがいま」
「それは信じない。柊家に恨みがあるおまえには動機がある。その証拠に、おまえは今も道化を演じ実力を隠している」

すると、グレンに向けられていた暮人兄さんの鋭い視線がこちらに向く。
その瞬間、最悪だ、と僕の本能が察した。きちんと説明をするのなら、“柊暮人”という男の危険さが強烈なまでに染み込んだ僕の本能が察した、とでも言うべきだろう。

「深夜、そいつを殺せ」
「なんで僕が。僕がこいつの仲間だとでも?そういう疑いをかけるのはやめてほしいんだけど」
「疑われたくなければ、やれ。それでそいつの実力が分かる」

裂けられない事態に僕はしぶしぶ、一歩前へと出た。

「ん〜、仕方ないなぁ。じゃあグレン。悪いけどやるよ?暮人兄さんの命令なんでね」

自分の右手の拳に意識を集中させ、呪詛を纏わせる。殺せとは言われたけれど、本当に殺してはいけない。けれど決してそれを悟られてはいけない。

「・・・っ!」

絶妙なコントロールをしながら、グレンに向かって大きく振り上げた。反撃する気のないグレンに僕の拳が向かう。そして当たる。
と思っていた。

グレンを映していた視界に暮人兄さんが立ちはだかった。僕の攻撃は止められ、眉をひそめた暮人兄さんが僕を睨む。

「おいおまえ、なぜ手加減をする?」

次の瞬間、腕を捻りあげられた。

「っ!?」

捻りあげられた腕に意識を取られていると、暮人兄さんの拳が僕に殴りかかってきた。強烈な一打を食らい、暮人兄さんは僕を捨てるかのように地面へと放った。
すぐに暮人兄さんは僕に背を向けてグレンへ視線を向けた。何発も食らったわけでもないのに暮人兄さんに殴られた箇所が僕の痛覚を酷く刺激し、立ち上がれない。なのに殴った本人はそんなことなど忘れたかのように涼しい顔をしていた。

「さて、グレン。おまえの番だ」

腰の鞘から刀を抜き、暮人兄さんはグレンと対峙した。一気に距離を詰めてくる暮人兄さんに対し、グレンは鞘から刀を引き抜き構えた。何の容赦も慈悲もない暮人兄さんの攻撃がグレンに襲い掛かる。けれどグレンは見事にそれを受け止め、確実に切り返す。まだ何の呪詛も使われてないとはいえ、暮人兄さんにここまで立ち向かうのは普通じゃできない。徐々にではあるが、暮人兄さんによってグレンの本当の実力が暴かれていく。
次の攻撃でついに暮人兄さんは呪詛を使った。けれど見事、グレンはそれを切り裂く。これらの一連の攻防は一瞬の間に行われ、きっとこれについていける者もそう多くはないだろう。

案の定、十条美十が声を上げた。

「ちょ、ちょっと、いまのはどういう、」

ニヤリ、と暮人兄さんは満足げに口角を上げた。その姿は実に愉快そうだった。グレンのこれほどまでの実力は予想の範疇だったということだろうか。

「ついに本性を現したな、一瀬家の次期当主候補」
「いやいや、本性なんてとんでもない。それに、脅威になるほどの実力じゃないでしょう?私程度が」
「脅威になるかは次の斬り合いで判断する。この学校で、誰が一番強いか決めようじゃないか」
「・・・・・おっまえ、くそみてぇにめんどくさい奴だなぁ」
「はは、それが本来の口調か」

一定の距離を開けた後、暮人兄さんは再び刀を揚げた。けれど暮人兄さんはそれ以上は動かず、攻撃しないのかと思った矢先、多方向から針のような矢がグレンめがけて放たれた。先程の暮人兄さんの行動が合図だったのだろうか。
いくつかは反応出来たようだったが、間に合わなかったいくつかの矢がグレンに刺さる。脱力したかのようにグレンは突如崩れ落ちた。何か薬でも塗ってあったんだろう、倒れたグレンの体は痺れて動けないようだった。それに必死に抗おうとしているようだったが、よほど薬が強いのかグレンは倒れたまま暮人兄さんを睨んだ。

「おまえの実力はわかった。実に有能そうだ。疑いが晴れるようなら大切な駒として使ってやる。起きたら自白剤と拷問が待っている。それまでゆっくり眠れよ、一瀬グレン」
「くそが……」

まるで眠るように瞳を閉じ、グレンは強制的に意識を手放した。それを見届けた暮人兄さんは踵を返した。それとほぼ同時に、最初から周りに控えていたんであろう暮人兄さんの部下たちが一斉に、眠るグレンに向かってくる。

「本当に、汚い真似しか出来ないのね」

凛とした美しい声が響き渡る。
それはこの場にいる筈のない●●の声だった。何の前触れもなく現れた●●はグレンと、グレンの体を回収しようとしていた暮人兄さんの部下たちの間に立っていた。

「大切な真昼の想い人に手荒な真似はしないでほしいわ」

●●がこうやって姿を現したという驚き以上に、彼女から発せられる恐ろしい殺気に誰も動けずにいた。
けれど、ただ一人、暮人兄さんだけは殺気を放つ●●に振り返って口を開いた。

「何を言う。晴れて疑いが晴れた暁にはこの柊家次期当主候補の大切な駒にしてやると言ったんだぞ?これほど光栄なことがこの世に存在するのか?」
「それほど最悪なことはこの世に存在しないかもしれないわよ?」

真昼がいない今、こうやって暮人兄さんに、“柊家”に怖気づくこともなく自分の意思を堂々と発言できるような人物はもはや●●だけだろう。
一向に互いにひこうとしない2人が作りだす緊張感あふれるこの雰囲気に誰も動くことも、口を開くことも出来ない。出来るはずがない。

「何をしに来た。まさか、そこに転がっている哀れな王子様を庇いに来たんじゃないだろうな?」
「まさか、そんな訳ないでしょ」
「では、そこに立つ意味は何だ?」
「祝福の言葉を上げようと思ったのよ」

誰よりも恐ろしい程の殺気を放つ●●のその表情は、この場にいる誰よりもとてもにこやかな笑顔だった。

「もし貴方が彼を本気で殺してしまいそうになったら、今日が貴方の命日になってたかもしれない。けれど無事それを免れた。だから、良かったわね、っていう祝福の言葉」

●●は暮人兄さんがグレンを“殺しそうになったら”といった。決して“殺したら”と入っていない。つまり、●●は決して暮人兄さんにグレンを殺させる気はないということだろう。

“グレンを殺そうものならお前を殺す”

●●は暮人兄さんにそう言っているのだ。

「それは俺への宣戦布告ととらえて良いのか?」
「馬鹿も程々にしてほしいわね。宣戦布告?お前と遊ぶのなんて楽しくないわ。ただの忠告よ」

まだ会話の途中であるのに、お前と喋っているのに飽きたと言わんばかりの表情を浮かべた視線を暮人兄さんから外した。そして暮人兄さんの部下たちの方へ向いた。

「あまり酷い拷問をするようなら、貴方たちの屑上司が痛い目見るわよ」

部下たちは自分たちに直に向けられた●●の視線とその殺気に身を震わせた。
それを一瞥したのち、●●は誰に目をくれることもなくその場を去っていった。




それが、学校で見た最後の●●の姿だった。




数日後、僕は一瀬グレン、十条美十、五士典人と共に、上野閉鎖地区への偵察を命じられた。



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