シノア

とあるマンションの一室。生活感の漂わない部屋には必要最低限のものしかない。そこには人のぬくもりさえ感じない。

そんな部屋を見回した後、●●は「相変わらずね」と一つため息をついた。そんな●●にこの部屋の主は薄く笑った。

「初めてですね。こうやって●●さんが自分の意思で会いに来たのは」
「いつも真昼がいたものね。出来れば事前に来れればよかったのだけど。気が付けなくてごめんなさいね」
「心配には及びません」

●●は目の前にいる部屋の主である少女と視線を合わせるためにゆっくりと膝をついた。

その少女は柊シノア。●●の唯一無二の親友である柊真昼と同じ母を持つ妹。
8歳とは思えない言葉遣いと単調な声色で話すシノアの姉と同じ髪色、瞳に血の繋がりを濃く感じさせる。

自分を移す瞳が一瞬、揺らいだのをシノアは見逃さなかった。

「いなくなって寂しいですか?」
「そうね、私にとって唯一無二の存在だったから。貴女は随分と気丈に見えるけど」
「ええ、通常です」
「そう。ところで、どこか怪我はない?拷問のダシに使われたと聞いたけど」
「心配には及びません」

遠慮するわけでも、気を回したわけでもなく、シノアは淡々と事実を述べた。
この反応を●●は予測してはいた。それでも●●は呆れのため息を一つついた。●●のため息に込められた感情を察したシノアは少し頬を膨らませた。

●●は幼い少女の頬を包むように優しく手を添えた。

「それは良かった。前々から思ってはいたけれど、シノアはおよそ8歳には見えないわね」
「一般的な8歳でなくて残念ですか?」
「いいえ、貴女は貴女で居ればいいわ。私も、真昼もそう思ってる」
「・・・・」

じっと見つめてそう言う●●にシノアは一度視線を落とした。けれど落胆しているわけではなく、ただ反射的な反応だった。すぐにシノアは●●に視線を戻した。
それに反応するように●●はシノアの顔に添えていた手をそっと放した。

「ところで、●●さんはわざわざこんなことを言うためだけにここに来たんですか?」
「貴女が無事かどうかきちんとこの目で確かめたかったのよ」

言葉の本質的な意図を理解していながら、けろっとそう言って笑う●●に、今度は逆にシノアが呆れのため息をついた。

「罠だと分かっていながら来るほどのことではないと言ってるんです」
「あら、私はただあなたが心配でここに来ただけよ?」
「その度胸、●●さんもおよそ女子高校生とは思えないですよ」
「それは褒めてくれるってことでいいかしら?」
「ご自由に」
「ありがとう。そういえばさっきから気になっていたのだけれど、貴女結い方が適当ね」
「そうですか?別にこのままで不自由はありませんし、そもそもそんなこと誰も気にしません」
「あら、私がすでに気にしたっていうのにそれは通用しないわね。シノア、向こう向いて」

完全に●●のペースに巻き込まれたシノアはおとなしく従った。●●がこれから何をするのか分からずに従ったとはいえ、特にいやいやだったわけではない。

●●は実に手際よくシノアの髪を結っていく。
●●がポケットから桃色のリボンを取り出すのをシノアは視界の端に捉えた。

「出来たわ」

弾むようにそう言い終えると同時に幼いシノアの手を引いて洗面所へと連れていった。シノアは洗面台の前に立ち、左右に首を振った。●●に結われた自分の髪が鏡に映る。

「これは、何ですか」
「左右から少し編み込みを入れて結ったの。どう?綺麗でしょう」
「これが編み込みですか・・・確かに綺麗ですね」
「私は貴女の髪のことを言ってるのよ」
「・・・・・。これは餞別ですか?」
「随分と難しい言葉を知ってるのね、シノアは。けれど違うわ。餞別は遠くへ旅立つ人へ贈るものだから」
「そうですか。一つ質問良いですか」
「どうぞ」

シノアは鏡の中に映る●●の目を見た。#●●は普段通りの笑みを浮かべてシノアを見た。一瞬の沈黙ののち、シノアが口を開く。

「●●さんにとって私って何ですか?唯一無二の親友の妹、ですか?」
「ええ、もちろん」



シノアの視線の先に映ったのは、満面の笑みを浮かべた●●だった。





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