クレト

保健室を後にし、ゆく当てもなく歩き出そうとした●●の目の前に一人の男が立ちはだかる。
それは柊暮人だった。ここの高校の生徒会長であり、真昼と同じく柊家次期当主候補であり、そして何より●●にとって契約上の許嫁。

こみ上げる苛立ちを隠すように●●は暮人越しに向こう側にあった窓を見た。●●の視界にはほぼ暮人は映ってはいなかったが、それでも2人の間の距離はそう遠くはなく、気配は嫌でも感じ取れる。

「楽しくて仕方がないと言う割にはまともに出席したことがないと聞いているが」
「この学校の生徒会長様は随分と熱心にご自分の学校の生徒の状況に目を配っていらっしゃるのね」
「自分の許嫁の状況ぐらい把握しておいて当然だろう」
「変ね、寒くもないのに今鳥肌が立ったわ。どうしてかしら?」
「俺に会えた喜びに歓喜したか?」

暮人が言葉を言い終えた瞬間、空を割るような音と共に雷が光った。

それにつられるように●●は、暮人と視線を合わせることもしないまま窓から外を見上げた。

灰色に濁った雲がいつの間にか空を覆い尽くし、日の光を遮り澱んだ影を人々に落としていた。暫くしないうちに雨が降りだし、それはすぐに大雨となって強く地面を、人々を打ち付けた。広げられた傘の下からのぞく顔は心なしか重たいものにも見えた。

「天気予報はこのことも予報してたのかしら。今度からはきちんと参考にしないと一度しかない私の人生が無駄に消費されてしまうわね」
「安心しろ、天気予報は天気予報でしかない」

はぁと大きくため息をついた後、●●は暮人の前をするりと抜けて窓際にもたれかかってもう一度空を見上げた。その時、数日間雨は続くものの今週末は晴れると今朝のニュースで言っていたことを思い出し、西側の空の遠くを見渡した。

「屑の塊の次期当主候補ともあって、貴方とのおしゃべりは楽しくないし、全くもって不愉快だわ」
「お前の言葉が正しいとするなら真昼も屑の塊の次期当主候補になるが?」
「確かに真昼も貴方と同じく屑の塊の次期当主候補ね。けれど大丈夫よ。貴方とは天と地ほどの差があるわ。屑の塊から生まれた最後の奇跡よ」
「へぇ、それで、一瀬グレンはお前のお気に召したか?」
「貴方って何の魅力もないのにとてもお友達が多いのね。学校でよく見かけるわ。まるで遠くでお姫様を見守る騎士のようだけれど、残念ながら私は貴方のお友達たちにお姫様になる気は全くないから他の女の子を探してねと言っといて」
「お前の言うその騎士は一瀬グレンということか?」
「一瀬グレンは真昼の王子様」
「来週、選抜術式試験週間がある」
「そう、それは初耳ね。あぁ、でもきっと貴方に言われたことだからすぐに忘れてしまうわ、残念」
「そうだな、残念だな。お姫様の前で醜態を晒すことになる王子様を見れないなんて」
「貴方もおとぎ話に興味があったなんて意外だわ。でもその性格と顔でその趣味はやめた方が良いわね。気持ち悪いわ」

窓際から体を離し、それ以上は何も言わず●●は黙って貼り付けていた笑みをはがしてその場を去っていった。

その背中を追うようにゆっくりと視線を●●の背中へと向けた暮人はしばらくじっと見ていた。突き当りを曲がり●●が暮人の視界から姿を消した後、誰にも聞こえない声が漏れた。




「興味があるのはお前だ、●●」




窓の外はより一層強い雨で覆い尽くされていた。



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