止めようのない雪崩れのよう
初めて会ったのは俺が小4の頃、彼女は五条先生に連れられるようにしてやってきた。隣に五条先生がいたせいもあるだろうが、彼女の外見や雰囲気に突出したものもなく第一印象については特段何も思わなかった。五条先生の彼女の紹介はとんでもなく簡潔で、名前のみだったが俺たちもそれ以上は何も聞かなかった。興味がなかったというよりも単純に幼かったからだ。「これからこの子がたまに君たちのお世話しに来るからよろしく!」と軽快に言い放って五条先生はそのまま帰り、彼女は自ら軽く自己紹介してからその日と数日分のご飯を無言で作って帰っていった。
それ以降、彼女は週に2、3回の頻度で俺たちの家にやってきては料理や洗濯など家事全般をやってくれた。
彼女が家に来るようになってから初めての春、津美紀は断られるかもしれないと思いながらも彼女に「お花見に行きたい」と初めてねだった。すると彼女は嫌な顔どころか待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。そして手の込んだお弁当を用意して俺たちを連れ出してくれた。そんな彼女だから俺たちは、今思えば無遠慮にある意味子供らしく色んなお願いをした。勉強で分からないことがあれば理解するまで教えてもらったり、眠りにつくまで傍にいてほしいとねだれば駄々をこねるまでもなく彼女は首を縦に振った。
家族とも友達とも違うけれど、いつのまにか俺たちは彼女を精神的に必要としていた。世間から見れば彼女が来たところで歪な環境なのは変わりなくとも、俺たちは欠けながらも確かに満たされていた。
けれどそれは突然終わりを迎えた。
俺が中学に上がる前の春休みを境に彼女は家に来なくなったのだ。何の前触れもなく。俺と津美紀は漠然とした不安と焦燥を抱えて五条先生に彼女のことを訊ねた。五条先生はとんでもなく簡潔に「羽月はもう二度と来ない」とだけ答えた。どれだけ問いただしても、津美紀が泣いても、それ以上の答えは返ってこなかった。彼女の生死さえ俺たちには分からない。あまりにも突然であっけない終わりに俺たちは呆然とするしかなかった。
彼女を辿れるようなものは、連絡先や住所はおろか、苗字も知らない。教えられたのは本当に“名前”だけだった。あれだけ来ていたはずの家に彼女の私物は一切なく、彼女が俺たちと過ごしたことを証明するものはもはや俺たちの記憶と心にしかなかった。それをあてに喪失感を紛らわせてきた。
俺はずっと待ち望んでいた。彼女とまた再び会えるその日を。
「お久しぶりです」
なのに、なのになんで――――――
明らかに俺を知っている顔をしているのに返ってきたのは、
「誰なの」
嘘だった。