願わくは、君の幸せ
物心ついた頃から、いつも隣にはお兄ちゃんがいた。無愛想で人相も悪くて怖いお兄ちゃんねといろんな人に言われるけれど、私にはとても優しい。小さな頃に近所の男の子にいじめられた時なんて、そんな私を見て飛んできたし、(その男の子たちは可哀想だった)勉強だって嫌な顔一つせず教えてくれる。毎年お誕生日には仕事の休みをとってまでお祝いしてくれる。きっと年が離れているから、可愛くて仕方がないのよとお母さんは言っていた。そんなお兄ちゃんが大好きで、ずっと一緒にいられたら良いのにと思うけど、それは無理な話だ。所詮私たちは兄妹なのだから。この気持ちが恋慕に近いと気づいたのは、高校生になってから。お兄ちゃんはもう二十代そこそこの、そろそろ結婚してもおかしくない年齢だ。そう考えると、とても淋しくなる。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
日曜日の昼下がり、二人でのんびりリビングで過ごしていた。両親は仲良く二人でお出掛だ。お兄ちゃんは読書、私は宿題。なんと平凡な休日だろう。
「どうした?」
「好き。」
「昔から知っている。」
「そういう意味じゃなくて。」
私の言葉を聞くと、表情を変えずに本を閉じ、私を見た。
「…どういう意味だ?」
「男性として、好き。」
もう、気持ちを伝えて、兄離れをするしかこの状況から脱せないと思った。彼が私を甘やかす限り、隣にいてくれる限り、この気持ちは消えないだろう。ならばいっそ、気持ち悪い妹だなくらいに思ってもらい、離れざるを得ない状況を作るのが得策だ。悲しいし苦しいけれど。
「そうか。」
そう答え、また本に目を向けた。
「え、ちょっと待って。それだけ?」
思わず彼の近くへ行き、本を取り上げてしまった。妹がとんでもないことを言っているにも関わらず、何平然としているのだ、この男は。
「なら、どうして欲しいんだ。」
そう言われるとこちらも困ってしまう。逆にそう聞かれるとは思ってもみなかった。本音を言えば、ずっと傍にいて欲しい。けれど、そんなことが言えるわけがない。
「安心しろ、ナマエ。お前のその気持ちは勘違いってやつだ。そのうち良い男が現れて、そんな気持ち忘れるだろう。」
「そんなことない。」
「なら、俺も好きだと答えたら、お前はどうする?」
「絶対にない。」
そう答えると、珍しくお兄ちゃんは笑った。何が可笑しいんだろう。だんだんと腹が立ってきた。それが表情に出ていたのか、笑うのをやめ、私を引きよせた。
「な、何よ。もう!」
「お前が一番大切だ。」
真剣にそう言う彼に、思わず赤面してしまう。
「妹だから、でしょ?」
「さあな。自分で考えろ。」
「いじわる。」
彼から離れようと身を捩ったが、逆に抱きしめられた。
「ちょっと、何してるの。」
「なぁ、ナマエ。俺はお前を守ると約束した。」
「いつ?」
「…。随分昔にな。」
いつのことだか、全く身に覚えがなかった。どれだけ私が小さいときの話だろうか。
「誰か良い奴を見つけて結婚しても、お前が幸せならそれでいい。それまでは俺が傍にいてやる。」
「お兄ちゃんは結婚しないの?」
「あぁ。しねぇな。」
少し悲しそうな顔をして、そんなことを言うお兄ちゃん。なんとなく、気持ちが同じなのかもしれないと思った。
「ねぇ、どうして私たち兄妹なんだろうね。」
「母さんが聞いたら泣くぞ。」
確かに親不孝な娘だ。それでも、そう思ってしまうのは、やはり彼が好きだから。どうしようもなく。
「俺は、お前が目の前で死なねぇなら、兄妹でもなんでもいい。だからせいぜい、幸せに生きてくれ。」
私をぎゅっと抱きしめたまま、彼はそう呟いた。その言葉の意図はわからない。私が目の前で死んだことがあるような言い方だ。わからないけれど、胸が締め付けられるような苦しさで。どうか、今はこのまま彼に抱きしめられていたいと思った。
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