不器用な優しさ
記憶があってもなくても、彼は彼なのだ。やっと導き出した結論はやはり彼が特別だという事実であり、だからといって何かが劇的に変わるわけでもない。ただ、自分の気持ちに嘘はもうつけないと思った。彼に宥められながら、泣きじゃくる私はなんとか家に帰り着いた。いつも送ってもらうのは家の前までで、部屋に招き入れたことは勿論なかった。だが、泣いたままの私を放っても置けず、今日は部屋まで送ってくれたのだった。
「…すみませんでした。」
落ち着いて考えてみる。こんな遅い時間に連絡をして、その上駆けつけてくれたのだ。リヴァイさんを見ると、髪も少し濡れているようだ。お風呂上りだったのかもしれない。仕事から帰り、疲れているところに連絡をしてしまい、本当に申し訳ない。
「ハンジからストーカーの話は聞いていた。てめぇは阿呆か。そんな不審者がいるにも関わらず、遅い時間に一人で外を歩きやがって。自業自得だ。」
その通りだ。反論の余地はない。私がもっと危機感を持って行動をしていれば良かったのだ。情けなくて、さらに涙が溢れる。
「本当にその通りです。ご迷惑をお掛けしてすみません。」
「そうじゃねぇ。もっと自分を大切にしろと言っている。ナマエ、お前を心配している奴がいることも忘れるな。ハンジもエルヴィンもその話を聞いて、お前を気にかけていた。」
私は心配するハンジさんに対して、なんて失礼なことをしてしまったのだろうか。彼の言葉でやっと気がついた。
「わかったな?」
そう言って、私の頭を少し乱暴に撫でた。それと反対に、口調は柔らかくなった。そんな優しさに、涙が止まるわけがない。
「もう泣くんじゃねぇ。」
「す…すみません…っ。」
初めて彼から触れてくれた手はとても温かかった。なんとか涙も止まったのは、結構な時間が経った後で、ちらりと時計を見やると、すでに日付が変わってしまっていた。
「もうこんな時間か…。」
そう呟き、立ち上がろうとしたリヴァイさんの服の裾を、思わず掴んでしまった。
「…。」
正直に言うと、一人になるのがまだ怖かった。かといって、そんなことを彼に言えない。立ち上がろうとした彼を掴んだのは、とっさのことで、後のことは全く考えていなかった。お互い無言のまま、時計の針の音だけが部屋に響いている。
「…ナマエ。」
名前を呼ばれて我に返り、彼の服の裾から手を離した。
「あ…、もう、本当にすみません!」
彼は、じっと私を見ていた。視線は感じるが、気まずくて顔を上げられない。
「ナマエよ、一人暮らしの女の家に男を泊めるということがどういうことかわかってるんだろうな?」
「え、えぇ?!」
思いがけない言葉に、声を上げて反応してしまった。彼はいつも通りの飄々とした様子で、私を見下ろしている。今、彼が発した言葉をもう一度思い返してみる。どういうことだ。段々と頬に熱が集まってくる。
「あの、えっと…。」
「冗談に決まっているだろう。明日は仕事もない。今夜は付き合ってやる。」
そう言って、彼はまた腰を下ろした。私は、開いた口が塞がらなかった。
「なんだその間抜けな顔は。冗談で残念だったか。」
「ちちち違いますよ!もう!からかわないでください!」
「…図星か。まあ、良い女になったら考えてやる。」
ニヤリと笑った彼はなんだか楽しそうだ。
「…良い女になって見返してやります!」
「期待してねぇから安心しろ。」
そんな風に悪態をつく彼だが、本当は優しい。この人がやっぱり好きだ。
「リヴァイさん、優しいですね。」
「馬鹿言え。優しくなんかねぇ…っ、」
突然、リヴァイさんは額に手を当て、顔を顰めた。
「…リヴァイさん?」
「なんでもねぇ。」
「痛いんですか?あ、頭痛薬…」
「すぐに治まる。気にするな。」
少し経つと、痛みは治まったようでほっとした。それも束の間、次に浮かんだのは、"今夜、彼がここに泊まる"ということだ。よくよく考えてみれば、とんでもないことを私は(無言で)頼んでしまったのではないか。今夜は眠れる気がしない。隣で普段通りの様子のリヴァイさんを見て、なんだか悔しくなった。