変わらぬ存在
「それって、ストーカーじゃないの?」予想外の言葉を発するハンジさんに驚いて、思わず口に運ぼうとしていたスプーンの手が止まった。今日は彼女のお誘いで、二人で休日にランチを楽しんでいる。どうしてこんな話になったのかというと、アルバイト先のカフェの常連様の話で、最近、バイト先以外でもよく偶然見かけるということを何気なく話したのだった。
「いやいや、そんなことは有り得ないですよ。」
「でもさ、ここのところ毎日、学校帰りとか休日でも見かけて、必ず目が合って会釈するんでしょ?それに加えてバイト先にも食べに来るなんて。」
ハンジさんは大真面目な顔で話しているが、私がストーカーにあうなんて、絶対にない。
「ほんとに単なる偶然ですよ。見た目も普通の会社員の方みたいですし。」
そう笑って、先ほど口に運びそこねたオムライスを頬張った。
「ねぇナマエ、本当に気をつけなよ?」
心配そうに私を見る彼女に、わかりましたと頷いてすぐに違う話題に切り替えた。
***
ハンジさんとのランチから一週間ほど経ち、その間も毎日常連様の男性と顔を合わせていた。さすがに少し不審に思ったが、特に危害を加えられるわけでもないのでそこまで深く考えてはいなかった。そう、今日までは。
大学の自習室で提出期限の近いレポートに熱中しすぎ、気がつけば時計は夜の11時をまわっていた。慌てて荷物をまとめて学校を出た。大学から自宅までは電車で2駅のところで、最寄り駅からは歩いて10分くらいだ。駅に着いて夜道を歩いていると、後ろからも足音が聞こえた。振り返ってみるが、かなり後方に人影があった。街灯に照らされ顔が見えて、血の気が引いた。
「うそ…。」
あの常連の男性だ。こちらを見てニヤリと不気味に笑っている。すぐに前を向き、早足で歩く。このまま自宅に帰れば、家が特定されてしまうので帰れない。そう思って家の前を通り過ぎた。自宅は住宅街のど真ん中で、駆け込める場所と言えばあと15分ほど歩いたところにあるコンビニくらいだ。
「ど、どうしよう…」
携帯を手に取り、アドレス帳を開く。警察に連絡すれば良いのだろうか。だけど、一番家が近いのは…
「…リヴァイさん。」
早足で歩きながら、後先考えずに通話ボタンを押してしまった。
『…どうした。』
「リヴァイさん、こんばんは。あの、特に用事はないです。突然すみません。」
彼の声を聞いて、少し安心した。電話をしだしたら、男性もついて来ないだろうと恐る恐る振り返ると、まだ笑いながら後ろを歩いている。この世界でこれほどまでに恐怖を感じたのは初めてだ。
『…外にいるのか?』
「そ、そうなんです。レポートが終わらなくて…あはは。」
『おいナマエ、てめぇ今どこにいる。』
「え、あの…」
『早く答えろ。』
少し苛立ったような声で問いかけられ、これは誤魔化せないと正直に答えた。
「自宅と、コンビニの間くらいを歩いてます…。」
うちの近くにはコンビニは1件しかない。彼の家から一番近いコンビニも同じだと以前話していた。
『電話を繋げておけ。』
電話越しに走る音が聞こえる。それと共に、後ろから聞こえる足音も近づいてきた。気配もすぐ側に感じる。もう駄目だと私は走り出した。その男性も走って追いかけてくる。怖くて必死で走るが、男性の脚力に敵うはずもない。追いつかれてまい、腕を強く引かれた。
「ねぇ、どうして逃げるの?君も僕のことが好きだろう?」
あまりに不気味な笑顔に、声も出なかった。その男性は腕を掴んだまま、舐めるように私を見る。もう、どうしようもない。そう思いながら目を閉じると、鈍い何かを殴るような音と共に、人のうめき声が聞こえた。目を開けると、見慣れた後ろ姿と、跪いた男性が目に入った。彼はその男性に掴みかかり、何度も拳を振り下ろしていた。
「てめぇ、次またこいつに近づいてみろ。殺すぞ。」
そう言って、男性を蹴り飛ばした。
「ひっ…。すみません、すみませんでした。」
余程リヴァイさんが恐ろしかったのだろう。その男性は殴られた顔と蹴られた腹を押さえながら、逃げるように走り去った。私は呆けたまま、リヴァイさんの後ろ姿を眺めていると、ふいに彼が振り返った。
「…大丈夫か?」
そう声をかけられ、我に返った。彼の顔を見ると、安堵からか涙が溢れ出した。
「リ、ヴァイさん…。」
やっぱり、彼は私のヒーローだ。記憶があろうが無かろうが。どんな彼でも惹かれないはずがないと自分の気持ちが明確になった。