‐フロイドside‐



やっと見つけた小エビちゃんは、水中深くに沈んでいた。

慣れない手足を動かして泳ぎ、ヘドロを掻き分けて小エビちゃんの腕を掴む。
ピクリと反応して薄く目を開けたけれど、息は既に限界のようで必死に口許を押さえている。

抱き抱えて急いで水面へと上昇し、顔を出すとジェイドたちも池に集まっていた。



「ぷはっ、小エビちゃん!」


『は……っ、けほ……っ、けほっゴホッ』


『ユノっ!!』


「嘘でしょ!? マジで沈んでたの!?」



池から出ると、ジェイドが魔法でオレたちの水気を飛ばす。

小エビちゃんを抱いたまま地面に腰を下ろすと、みんな集まって小エビちゃんの名前を呼んだ。



「小エビちゃん! 小エビちゃん!」


「ユノ! しっかりするんだゾ!」


『ユノ、一気に吸ったら過呼吸になる。ゆっくり呼吸して』



小エビちゃんは口から水を吐き出し、身体を曲げて激しく咳き込む。

どうすれば楽になるかと焦りながらも背中を擦る。はーはーと胸を上下させ、咳が止まる頃にはだいぶ息も落ち着いてきたようだ。小エビちゃんは胸に手を当てながら、ゆっくりと首をもたげる。虚ろ気な目でオレを見上げ、小さく唇を開いた。



『ふろ……ぃど……せんぱ…………』


「小エビちゃんっ、良かった……!」



小エビちゃんが生きている事実にひどく安心し、ぎゅううっと抱き締める。

水中で動かない小エビちゃんを見た時は、正直心臓が止まるかと思った。溺れる人間なんて珊瑚の海でも見たことはある。でも知っている人間……、それも好きな子が溺れるのは心臓に悪すぎだ。

されるがままになっている小エビちゃんは、まだ意識が朦朧としているらしい。



『し……ぬ、かと……おもっ……』


「そりゃこっちのセリフだっつーの! 何分沈んでたんだよお前! つか、よく気も失わずにいられたな!?」


『だっ……て、ねれ、な…………』


「ぐすっ、心配したんだゾ!」


『ごめ……』


「いや、ユノは何も悪くないだろ」


『ごめん、ユノ。すぐ駆けつけられなくて。大丈夫……じゃないよな』


『へーき……、ユウ、ぁりがと……』



涙を浮かべる小エビくんと手を握った小エビちゃんは、ほんの少しだけ微笑した。

わかる人にしかわからないような、ほんの僅かな笑顔。兄妹だからこそ見せる表情が少し……、いや結構羨ましい。

ジェイドが横で片膝を付き、失礼しますと言って小エビちゃんの反対の手首に手を添える。



「……脈は少し速めですが、安定しています」


「恐らく、息をもたせる為に身体が意識的に水中で心拍数を減らしていたのでしょう。心拍数が上がると余計に酸素が必要になりますから」


「ふな!? そんなことできんのか?」


「水泳の選手ならまだしも、並大抵の人間にはできませんよ。普通の人間なら逆にパニックになって溺死しています。どんな状況でも常に落ち着いている、ユノさんだからこそできた芸当です」



この特技がなければ、小エビちゃんは死んでいた。
もし、オレがあと数分見つけるのが遅れていたらと思うとマジでゾッとする。



「それより、見たところ頬も腫れています。早急に保健室に連れて行った方が宜しいかと」


「そうですね、後で詳しいお話もお聞きしたいですし。ああ、フロイド。やはりあの手紙は先に破りましょう。こんな状態のユノさんを眠らせないのは、流石に酷ですから」


「も〜、最初からそう言ってんじゃん」


『あ、待っ……』


「んー? どしたの小エビちゃん?」



オレに身体を預けている小エビちゃんは、さっきより整ってきた呼吸をしながらアズールを見上げる。



『その、手紙……』


「ああ。貴女がフロイドに預けた手紙です。これのせいで、貴女に不眠の魔法が掛かっていたんですよ。差出人はわかっていますので、ご安心を」



どう考えても、小エビちゃんをこんな目に合わせたのは手紙の主で間違いない。

関わった以上、報復は任せておけ。
そういう意味で悪どい感情を秘めた満面の笑みを浮かべるアズールに、小エビちゃんはほっと胸を撫で下ろす。

今までアズールのこの笑顔を見た奴らは安心なんかしなかった。寧ろ何をするのかと心配すると思うんだけど、小エビちゃんは真逆らしい。普通安心しないもんだよ。



『……名前は知らないけど、同じクラスの、ソバカスの人……』


「ソバカスの人って……ああ、もしかしてあいつか? なんかよく小テストでも点数自慢してくる……」


「ああ、そういえばいたな」


「でもユノには負けてた気がするんだゾ」


「それが手紙の主ぃ?」


『はい……。おなか、蹴られて、池に……。おなか、痛い……』



は?
小エビちゃんのお腹蹴った?
女の子のお腹蹴ったのそいつ?

今すぐ絞めに行きたいけれど、まだ何か言おうとする小エビちゃんを見て我慢する。



『あと……、同じクラスで、突風を操る黒髪の人と……、違うクラスの、身体の動きを封じる、ユニーク魔法の人……で…………』



“全員ハーツラビュルの腕章”


それを聞いたアズールの目がギラリと光った。同時にジェイドの口元も吊り上がり、オレと同じギザ歯が顔を出す。

きっとオレも同じ顔してる。
さすが小エビちゃんだ。抜かり無い。というか、報復する気満々だね。カニちゃんたちは「げっ!?」て感じの顔してるけど。



「わかりました。そこまでの情報があれば、今回関わった僕らへの対価としても充分です。この手紙は原本ですが、コピーもとっていますし破棄致しますね。ユノさん。後のことは僕らに任せて、今はゆっくりお休みください」


「おやすみ、小エビちゃん」


『……、ありがと……ございます…………』



安心したのか呟くように言った小エビちゃんは、アズールが手紙を破くと糸が切れたように眠りに落ちた。

頭をオレに寄り掛からせ、すぅすぅとゆっくり呼吸する。息を止めていた分の酸素を、身体に行き渡らせているのだろうと、ジェイドは言う。

ちょっとずつ体温も戻ってきているし、さっきより顔色も良くなっているのを見て、オレは少しだけ肩の力を抜いた。



(起きたらまたいーっぱいお話しようね、小エビちゃん)



大好物のチョコレートも用意しておこう。
そしたらまた笑ってくれるかな?











「さて。いつまでもこんなところで寝かせていては、ユノさんが風邪をひいてしまいます。フロイドとユウさんは、ユノさんを保健室へ」

「はぁい」

『はい!』

「僕とジェイドと残りの一年生は、ハーツラビュル寮へ向かいましょう。ああ、今回のことはリドルさんにもご報告しなければなりませんねぇ。大変胸が痛みますが、彼の監督する寮生の不祥事では致し方ありません」

「そうですね。きっと、良い処罰をお考えになってくださることでしょう」


フフフ…………


「機嫌悪くなって俺たちの首がはねられませんように……」

「余計なことは何も言わないでおこう……」

「とりあえず、アズールに任せとけば良いと思うんだゾ……」