‐フロイドside‐



昼にアズールから力仕事を任されたオレは、その日の昼休みに小エビちゃんに会えなかった。帰り際に会えないかなぁと思っていた矢先に帰宅する姿を見かけ、ちょっと驚かせようとしただけなのに、その後まさかの告白。

しかもたった今自覚して、サラッと言われた。挙げ句の果て言い逃げされそうになって慌てて引き留め、ずっと秘めていたオレの気持ちも伝えると、小エビちゃんから出た言葉は『名前を呼ばれる方が恥ずかしい』とかいうズレた感想。

めっちゃ緊張して告白したのに!
どんだけオレの気持ちを引っ掻き回せば気が済むんだ、この小エビは!!

本当に恋愛としての意味で好きなんだろうか。チョコレートと同列じゃないよな?

疑心暗鬼になって問えば、小エビちゃんは自分からオレの手に擦り寄って、今まで見たことの無い笑顔をくれた。チョコレートを食べている時とも、小エビくんに向けるものとも違う。気恥ずかしそうに頬を赤らめて見せてくれたそれは、オレだけに向けられた笑顔だと瞬時に理解し、心臓が痛いくらいに高鳴った。

更にはオレのこと“さん”付けで呼ぶし……。
オレこの子に一生勝てる気がしねぇ。




とにかく、これで晴れて恋人となったわけだし、もう気兼ね無く会いに行ける。

今朝は他の雄への牽制も兼ねて、小エビちゃんのクラスに恋人宣言もしてきた。



「小エビちゃんはオレの彼女になったからぁ、みんな手ぇ出さないでね〜」



これでもう小エビちゃんに因縁つける奴はいないだろう。現れたとしてもオレが絞めてやるけどね。

因みに恋人宣言したことで、小エビちゃんはクラスの奴らからめちゃくちゃ質問攻めされていた。

本当に良いのかとか脅されてないかとか、人聞きの悪いこと言ってたカニちゃんは後で絞めるとして、小エビちゃんは何てこと無い顔で……



『そんなに騒がなくても……。私もフロイド先輩のこと好きだし。好きな人じゃなきゃ恋人にはならないよ』



なんて、これもまたサラッと言うもんだからタチが悪い。

陸の女の子ってみんなこうなの?
小エビちゃんだけ?
オレの口元が筋肉痛になりそうだ。奥歯に力入れてないとすぐ緩む。

なんやかんや心配してたカニちゃんたちも、小エビちゃんの様子にちょっと呆れながらも最後にはおめでとうと祝福していた。オレの彼女すげぇ。



* * *



四限目終了のチャイムが鳴り、先生がいなくなると途端に教室がざわめきだす。
やっとお昼だぁと伸びをして席を立ち、今日も小エビちゃんにあげるチョコレートを持って教室を出た。

大好物だと聞いてから毎日あげているけれど、何故こうも飽きないのだろうと自分でも思う。こんなに小さい一粒を口に含んで、じっくりと溶かしている時の小エビちゃんは、控えめに言っても稚魚同然。イコールめっちゃ可愛い。

チョコレートであんなに目ぇキラキラさせる人間、他にいんの?
いつもはニコリとも笑わないくせに。

今日も喜んでくれるかなぁ。



「あっ! フロイド先輩!」


「あ?」



小エビちゃんの喜ぶ顔を想像しながら歩いていたら、アズールとジェイドに加えてカニちゃんとサバちゃんがいた。四限目が魔法薬学だったのか、白衣とゴーグルをつけている。



「お昼休みにスンマセン。フロイド先輩もちょっと魔法薬学室まで来てもらって良いッスか?」


「は? なんで?」



“も”ということはアズールとジェイドも呼んでいるのだろう。

だったらオレが行く必要無くね?
オレ早く小エビちゃんに会いたいんだけど。

機嫌が悪くなったのが顔に出てたのか、二人とも顔を青くしてまた謝る。



「い、忙しいとこ本当に申し訳ないんですけど、ユノのことでちょっと……」


「小エビちゃん?」


「と、とにかく説明する時間が惜しいんで来てください! 訳は見てもらってから話しますから!」


「はぁ……仕方ないですね。ジェイド、フロイド、行きますよ」


「はい」
「はぁい」



面倒だと思ったけれど、小エビちゃんが絡んでいるなら話は別だ。
てかまた何かあったわけ?
今朝の牽制の意味は?

二人の格好から、大方魔法薬学で失敗したんだろうと目星はついているけれど。それにしてもなんでわざわざオレたちを呼ぶんだか。いや、オレは小エビちゃんの彼氏だし呼んでくれなきゃ絞めてたけどさ。



* * *



魔法薬学室に着いて中に入ると、異様な臭いが充満していた。

生臭いというか、腐敗したナマモノを数年放置したようなエグい臭い。
何をどんだけ混ぜたらこうなるんだ?
オレでも作ったことねぇよ。



「こっちです」



案内されたのは、魔法薬学室の中の更に奥。特殊な実験器具やら貴重なサンプル薬品が保管されている倉庫だった。

その一番奥にある扉を開けた先には大きな水槽があり、その前にイシダイ先生と小エビくんとアザラシちゃんがいた。



「連れてきたか」


「クルーウェル先生。一体どうしたというんです?」


「話はこれを見てからだ。……ほら。こっちを向け、仔犬」



イシダイ先生はそう言って水槽をコンコンと叩く。
中に何かいるのかと三人で近寄って見てみると、隅っこの方に黒い布を被った塊があった。それはオレたちが着ているのと同じ制服のブレザーだ。視線を下ろせば、人間なら足がある筈の場所に青く煌めく魚の尾。

……………………魚の尾?

頭にブレザーを被ったその塊は、水中でゆっくりと振り返る。オレたちの目に映ったその顔は、不服そうに表情を歪めたオレの彼女だった。



「こ、小エビちゃん!?」


「ユノさん? どういうことです、これは……」


「人魚、ですね……」


「なんで!? どうしたのその身体!!」


「ステイ! 話してやるから落ち着け」



目を見開くオレたちに、イシダイ先生はこうなった経緯を説明した。

今日の小エビちゃんのクラスは、水中呼吸の魔法薬作りの実習だったそうだ。分量を間違えれば、水中呼吸を通り越して身体にエラができてしまったり、魚眼になったりと大変な目に合う魔法薬。オレたちの時も失敗した奴いたなぁ。

失敗作には絶対触れずに廃棄処分しろとイシダイ先生は最初にきつく注意し、小エビちゃんも魔法は使えないながらも材料を計って真剣に取り組んでいたらしい。

しかし、遊び半分で作っている奴も当然いる。



「余所見してユノにぶつかってきた奴が持ってた試験管から、失敗作の魔法薬が溢れちゃって。転んだユノが頭から浴びちゃったんスよ」


「で、更に足元を見なかった別の奴がユノに躓いて、魚の鱗の粉末を被ってしまって……」


『気づいた時には、ユノの呼吸がエラ呼吸になってて。慌てて水槽に入れてやったら、どんどん姿が変わってって……』


「今この状態ってことなんだゾ……」



アズールもジェイドも絶句している。エラ呼吸になるだけならまだしも、姿まで変わる大失敗とは。オレでもしたことねぇよ。

イシダイ先生の担当授業でも、ここまでやらかすのは初めてだろう。



「おふざけと言うにはあまりに度が過ぎた駄犬は俺が躾直すとして、問題はこの仔犬だ。いつまでもここに一人で置いておくわけにはいかないからな」



学園内で女の子の人魚なんて、他の雄に見つかったら大問題だ。こんな狭い水槽じゃ食ってくださいと言っているようなものだし、尾鰭だと陸で逃げることもできない。



「なるほど。それで僕たちが呼ばれたというわけですか」


「ああ。それもあるが……」


「小エビちゃん、こっち向いてよ〜」



いきなり人魚になってショックなのか、また奥の壁を向いてしまった小エビちゃんをなるべく明るい声で呼ぶ。でも、彼女の反応は無い。

普通なら人間の小エビちゃんが眺める側で水槽に入るのはオレたちなのに、なんか変な感じだ。小エビちゃんにこんなことした奴への怒りでどうにかなりそうだけど、まずは目の前の彼女のことを優先しよう。



「小〜エ〜ビ〜ちゃん」



さっきイシダイ先生がやったみたいに水槽を数回叩くと、今度は振り向いてくれた。

おいでおいでと手招きすると、小エビちゃんは慣れない身体でゆっくりとオレの方に寄ってくる。動きづらいだろうに腰にまで布を巻いた小エビちゃんは、水槽に添えたオレの手に手を重ねるように合わせ、今にも泣きそうな顔をして口を開いた。



《……フロイド先輩》



……………………ん?



「え。小エビちゃん、その言葉……」


《……私の言葉、先輩たちには通じてますか?》


〈…………。ええ、通じてます。通じてますが……〉


「これ……、喋ってるの人魚語ですね」


「言葉まで変わっちゃったの!?」


「どうやらそうらしい。逆に人間の言葉はわからなくなっているようでな。俺もここまで変化するとは予想外だ」



眉間に皺を寄せたイシダイ先生は、はぁぁと深い溜め息を吐いて頭を抱える。



「お前たちを呼んだのは、人魚であり人魚の言葉も解せるからだ。幸いオクタヴィネル寮には巨大な水槽もある。俺が治療薬を調合するまでの間、お前たちの寮で預かっていてほしい」


「……なるほど。畏まりました。責任を持ってお預かりしましょう」



こうして、暫くの間はオレたちの寮で小エビちゃん……もとい人魚エビちゃんを預かることになった。










《ご迷惑おかけしてすみません……》

〈大丈夫だよぉ、小エビちゃん。オレがちゃあんと守ってあげるからね〜〉

《言葉が通じて安心しました。エースには筆談で「きゅーきゅー言ってて意味わかんない」って言われて……》

「わかった。カニちゃん絞める」

「なんでぇ!?」

〈何かあればすぐ僕らに言ってくださいね〉

《ありがとうございます……》