‐フロイドside‐



午後の授業を特別に免除されたオレたちは、人魚になってしまった小エビちゃんを連れて寮に戻った。移動する時も小エビちゃんはずっと視線を落としていて、意地でもブレザーを外そうとしなかった。



「裏の遊泳用の水槽で良いでしょう。フロイドはユノさんを移してあげてください」


「はぁい」



アズールとジェイドはオレたちの分の昼食を買いに戻り、オレは小エビちゃんを連れて寮の奥にある水槽に向かった。

水槽の真上まで来ると、小エビちゃんは怖いのかオレの服の裾を掴んでくる。もともと泳げない子なんだから怖くて当然か。



〈大丈夫だよぉ、小エビちゃん。今は息もできるから昨日みたいなことにはならないし! オレもすぐ入るからさ!〉


《……はい》



小エビちゃんを抱き上げて、移動用の水槽から寮の水槽にゆっくり移してあげる。ちゃぷんと頭まで浸かった小エビちゃんは、尾鰭が上手く動かせないのかどんどん沈んでいき、真下にあったアズールの蛸壺へと吸い込まれるように収まった。

オレもすぐに服を脱いで本来の姿に戻り、小エビちゃんのいる蛸壺へと向かう。



〈小エビちゃ〜ん、出ておいで〜〉


《……出なきゃダメですか?》



半分だけ顔を出して不安そうに言う小エビちゃん。そんな様子も可愛いけど、それアズールの蛸壺だしなぁ。



〈他の男の物に収まってんのはちょっと嫌だなぁ〉


《フロイド先輩の壺は無いんですか? ウツボ壺》


〈ウツボ壺なんて物はありませ〜ん〉


《……じゃあ出ないです》


〈えぇ〜〉



何がそんなに嫌なのか。小エビちゃんは頑なに蛸壺から出ようとはしなかった。



〈……そんなに人魚になったの嫌?〉



オレは人魚で、小エビちゃんは人間。人魚になったことを否定されるのは、なんか複雑な気分だ。

しかし、小エビちゃんはふるふると首を横に振り、蛸壺の縁をキュッと握った。



《違います。人魚になったことが嫌なんじゃなくて……》


〈じゃあ何が嫌なの?〉



言ってくれなきゃわからない。そう言うと、小エビちゃんは視線をさ迷わせた後にポソッと呟くような声で言った。



《……笑わないで聞いてくれますか?》


〈小エビちゃんの言うこと笑うわけないじゃん〉



大丈夫だよ〜って頭を撫でてあげると、小エビちゃんは少しだけ安心したように話し出した。



《その……、こうして薬で身体は人魚になっちゃいましたけど……、私、心までは人魚になれてないんですよ》


〈んー、そうだねぇ。オレだって変身薬で人間になるけど、心までは人間になれないよ。小エビちゃんが嫌なのってそれ?〉



小エビちゃんは人魚ではなく人間として生まれたのだから、それは当たり前のことだ。オレやジェイド、アズールだって心は人魚だし、そこまで人間になろうとは思っていない。言ってしまえば、人間の真似事をしているに過ぎないのだ。

それについて悩んでいたのであれば特に問題無いと思うのだけれど、小エビちゃんが不服なのはそこではないらしい。



《……人間は服を着るでしょう。フロイド先輩は、初めて服を着た時どうでした?》


〈あー、なんか鰭がいっぱいついてる感じがしてムズムズしたかなぁ〉


《先輩たちは元が人魚だし、服を着ることの方が抵抗あるのかもしれません。でも人間の私にとっては、先輩の感覚とは逆で……。服を着ることが当たり前で、脱ぐってことはつまり……》



“生まれた時の姿を晒す”ってことなんです……


その言葉を聞いてピシリと固まった。まだ最後まで聞いていないけれど、小エビちゃんの言わんとしていることがわかり、少しずつ顔に熱が集まってくる。



《たぶん、人魚として生まれた女性だったら、尾鰭を晒すことも普通の感覚なんでしょうけど。私はどう足掻いても人間で、下半身に何も纏っていない感覚だけでも変な感じがして……。フロイド先輩だけならまだしも、不特定多数の男子に見られたのが……凄く……いや、で……》



そこまで言うと、小エビちゃんは顔を手で覆って縮こまってしまった。

海では服を着ないのが普通で、陸では服を着ることが普通。それは単なる防寒のためでもあり、身体を汚さないためでもあり、身を守り大事な部分を隠すためでもある。

人魚になるという形で、あろうことか下半身に何も纏わない姿となってしまった小エビちゃん。突然こんなことになって、周りは男だらけで誰にも相談しようもないこの状況。そりゃ怯えるのも無理もない。



〈……小エビちゃん、顔上げて〉



おずおずと上目遣いにオレを見上げる小エビちゃんの顔は、赤い珊瑚のように染まっていた。瞳が潤んでいるその様子から、相当勇気を出して話してくれたことがわかる。

オレも絶対同じくらい真っ赤なんだろうなぁと思いながら、小エビちゃんの頭をそっと抱き締めた。



〈そっかぁ。気付かなくてごめんね、小エビちゃん〉


《……いえ。先輩たちはこれが普通なわけだし、私が意識し過ぎてるだけで……》


〈ふふ〜、でもオレそんな小エビちゃんが好きだなぁ〉


《えっ》


〈“オレだけならまだしも”って言ってたじゃん〉



それって、オレになら見せても良いってことだよね?



《……………………あ……っ》



小エビちゃんは自分の発言に気付いて逃げようとするけれど、呆気なくオレの腕に閉じ込められる。

蛸壺が邪魔だなぁ。
ニッと笑って小エビちゃんを抱き締めたまま浮上するように泳ぐと、彼女は焦ったように目を丸くした。



《せ、せんぱ……っ》


〈オレだけに見せて、ユノちゃん〉


《……っ、こんな時に名前呼ばないでください》


〈あはっ! こんな時だからでしょ〜〉



少し意地悪だと思ったけれど、底から高さのある場所まで泳ぎ、小エビちゃんをオレの尾鰭の上に座るようにして支えてあげる。

不可抗力なことに他の雄に見られてしまったというその姿。小エビちゃんがオレにだけ許してくれると言うのなら絶対に見たい。

逃げ場のない小エビちゃんは観念したように大人しくなり、少し逡巡した後、被っていたブレザーと腰布に手を伸ばした。



〈……!〉



露になったその姿に、オレは思わず息を飲んだ。

リボンがほどけて揺蕩う髪は瑠璃色に染まり、耳もオレたちと同じ鰭に変わっている。ワイシャツの下からスラリと伸びる青い尾鰭は、照明によって虹色に光り輝き、鱗の一枚一枚がキラキラと反射していた。腰のあたりには小さな腹鰭までできていて、無意識なのだろう水に揺れてピクピクと動いている。

まるでお伽噺の人魚姫のようだ。なんて、柄にもない感想を抱いて固まるオレを見て、小エビちゃんは顔を覗き込んできた。



《フロイド先輩? 大丈夫ですか?》


〈だ、いじょぶ! 大丈夫だから今はこっち見ないで!〉


《え……、あ、ちょっ揺らさな…………あっ》


〈おっと!〉



バランスを崩しそうになった小エビちゃんを抱き留め、目が合うとどちらからともなく笑い出した。お互い真っ赤な顔して何やってんだろね。

小エビちゃんの尾鰭にぐるりと巻き付けば、小柄な彼女の下半身が難なくオレので隠される。

そのまま水槽の中を遊泳すると、小エビちゃんは抵抗することなくオレの胸に頭を預けた。



〈人魚のユノちゃんめっちゃ綺麗で可愛いけど、他の雄に見せんのはオレも嫌だからこのままね。アズールとジェイドもそろそろ帰ってくるし〉


《……ふふ、わかりました》



珍しく声を出して笑う小エビちゃんの髪にキスを落とす。今日は色んな顔を見せてくれるね。

膨れっ面だったり、恥ずかしがったり、今はくすぐったそうな顔。そんな表情を見られるのは、彼氏の特権ってことで良いのかな。だったら嬉しいなぁ。



《先輩、あとで泳ぎ方教えてください。いつかまた珊瑚の海にも行きたいですから》


〈あはっ、おっけー。小エビ姫の仰せのままに〉



いつか訪れるその日まで。
この幸せが続きますように。










「…………はぁ。仕方ありません。もう暫く二人で泳がせておきましょう」

「そうですね。あんなに楽しそうなユノさんは初めて見ますし、お腹が空いた頃にフロイドが出てくるでしょう」

「まったく。まさか本当にユノさんと結ばれるとは思いませんでしたよ。フロイドの機嫌が保たれるのは良いですけどね」

「急展開すぎて驚きましたが、あの様子だと心配は無用ですね。幸せそうでなによりです」




その後、小エビちゃんはイシダイ先生の治療薬によって無事に人間の姿に戻ることができた。
ふざけていた男子たちとは口を利かなくなり、昼休みは自分から俺の側に寄ってきてくれるようになった。



「か〜わいいねぇ」

『もう面倒事に巻き込まれるのは御免です』

「いーよぉ。小エビちゃんがオレの近くにいてくれたらすぐ守れるもんねぇ」

『でも、どうせ人魚になるならエビの人魚が良かったですね』

「えー、なんか固そうじゃね。オレは昨日の柔らかい人魚エビちゃんがいー」

『そ、ですか……』

「あ、照れた?」

『うるさいです……』