‐ユノside‐



「ユノちゃんって、ぶっちゃけフロイドくんのどういうとこが好きなの?」


『は?』



二杯目の紅茶の香りを堪能していたところ、ケイト先輩からそんな質問が飛んできた。

今日はハーツラビュル寮のなんでもない日のお茶会に、私とユウとグリムが招待されてお邪魔している。この間の事件のお詫びということらしい。

テーブルにはトレイ先輩が作った手作りクッキーやケーキが並び、赤く彩られた薔薇に囲まれる中でのお茶会。元の世界では簡単に味わえない貴重な体験。私みたいな一般人が参加しても良いのだろうかと何度思ったことか。

いつまでも自問自答していても仕方がないかと現実を受け入れ始めたところで、ケイト先輩が私の目の前の席に着き、スマホ片手に冒頭の言葉を投げ掛けてきたのだ。

私とフロイド先輩が付き合い始めたという話は、既に学園中に広まっている。恋人宣言と称して牽制して回っているフロイド先輩のお陰か、あの事件以降は私に因縁をつけてくる人はいない。魔法薬学の実験を事故として片付けるなら、という話だけれど。

……で、どういうところが好きか……と言われても。



『…………ぜんぶ?』


「う〜ん。そうだよねぇ。そうだと思ったけどね……、具体的に知りたいなぁ」



この学園に私以外の女子生徒がいないからか、恋バナは今初めて持ち掛けられた。

元の世界では女の子たちがキャーキャー言いながら質問攻めしている光景が見られたけれど、生憎私はそこに混ざったことは無い。どう答えるのが良いのだろう?

思案していると、隣に座るリドル先輩がティーカップをソーサーに置いて口を開く。



「ケイト、ユノを困らせるんじゃないよ」


「あはは、ごめんごめん。でも気になるじゃん? オレ、ユノちゃんはフロイドくんみたいな気分屋で元気なタイプは苦手だと思ってたし」



言われてみれば、確かに私とフロイド先輩の性格は全く違う。

私は学園に入る前から口数は少なめだし、クラスで盛り上がっている光景を端で眺める方が好きだった。アウトドアよりインドア派。外に出る用事は一度に済ませて引き籠る。どちらかと言うとオタク気質なイデア先輩寄りの人間だ。

フロイド先輩はどう考えても私と真逆。身体を動かすのが好きなタイプで、自由奔放。足を手に入れて数年とは思えない程に、運動能力に長けている。いつだったか束縛されるのが嫌いだという噂を聞いたことがあるけれど、それなのに私と恋愛しているなんて不思議な話だ。



『……ケイト先輩の言う通り、初めは苦手……というよりも、あまり気にしてなかったです』


「フロイドに付きまとわれていた時かい?」


『はい』



毎日学食でフロイド先輩が大声で「小エビちゃ〜ん!」って呼ぶものだから、自然にみんなからは“フロイド先輩のおもちゃ”みたいな印象になっていたと思う。それについての嫌悪感は無かったし、周囲にどう思われようと気にしていなかった。



『酷い話ですけど、フロイド先輩と仲良くなるつもりは微塵もありませんでしたよ』


「えっ!? そうなの?」


「あんなにベタ惚れされていたのに?」


『すぐに飽きると思っていましたから』



機嫌が良いと思えば、何かの拍子に不機嫌になる。コロコロと変わるフロイド先輩のことだから、きっと私に構うのもこの一時だけだ。気に留めるだけ無駄だと、ずっと自分に言い聞かせていた。



『私は、“この学園に特別に通わせてもらっている異世界人の女子生徒”。この肩書きが、フロイド先輩の好奇心を突き動かしているだけだと……』



入学した時、クラスの男子の反応もそうだった。
男子校に通う女子生徒。それだけで注目の的になるのは覚悟の上だった。



『だから、私はエースとデュースとグリム以外、極力誰とも関わらないようにしようと思っていました』


「えぇ……。女の子だからってそこまでしなくても……」


『“女子生徒として目立つ行動をしないこと”。“男子生徒を刺激しないこと”。それが学園長との約束です。自分の身を守るためにも、私は殆どの会話をユウに任せて、行動も発言も控えていました』



リドル先輩とレオナ先輩がオーバーブロットした時も、私はほぼ何もしていなかった。ユウたちの側で、ただただ無事に終息するようにと見守っていただけ。

なのに、恐らくアズール先輩がオーバーブロットした時だろう。あの一件でフロイド先輩の何かを刺激し、好奇心の対象になってしまった。



『何か聞かれたら端的に答える。「はい」か「いいえ」で会話を終了する。私からは何も聞かない。そうすれば、みんな“つまんない女”って思って近寄らなくなりますし、実際そんなに友達いません』


「きみ……、よくそれで今までやってきたね」


『もともと喋るのは得意じゃなかったので、苦に思ったことはありません。その分ユウには面倒事押し付けてましたけど』


「ははー。でもそうだなぁ、確かにユノちゃんの印象はオレの中でも凄い薄かったよ。ユノちゃんの思惑にまんまとハマっちゃってたなぁ」



眉を下げたケイト先輩が、やられた〜と言って頬を掻く。その感覚が普通だし、その方が私にとっても有り難かった。

関わったら関わった分だけ、私という女子生徒の印象を植え付けてしまう。それだけを避けるために、私はいつものメンバー以外に友達も作らなかった。



『でも、フロイド先輩だけは違いました』



フロイド先輩への対応も淡々とこなしていたはずなのに。何が楽しいのか、好物を聞いた次の日から毎日毎日飽きずにチョコレートを持ってきて。私を見掛ける度に、人懐こい笑顔で駆け寄ってきて。あの時食べたガトーショコラは凄く美味しかったし、完全に胃袋を掴まれてしまった。

寝不足の時の治癒魔法の温もりも、溺れた時の力強い腕も、今思い出しても胸が熱くなる。フロイド先輩が私に触れる手は、いつも優しかった。



『フロイド先輩が毎日来てくれるせいで、逆に私の中にフロイド先輩の印象が強く残っちゃったんですよ』



今では休み時間の度に私の顔を見に来るものだから、来ない時は飽きられたのかと心配になってしまう。いつの間にかフロイド先輩の存在感が大きく膨らんでいて、気付けばもう手遅れだった。



「なるほどねぇ。つまり、フロイドくんの粘り勝ちってわけだ」


『悔しいですけど、そうですね』


「ユノのその顔は悔しいって感情ではないと思うけどね」


『まぁ……。正直ちょっと疲れてましたから。私のことを知ろうとしてくれる人がいて、嬉しかったんです』



関わらないようにと努めても、一人でできることには限度がある。そんな時は、ユウやエースたちに頼らせてもらっていた。

だけど、私の置かれている状況をわかっているからこそ、みんなも学園では必要最低限の会話で済ませようとしてくれる。それが悪いわけではないし、そうしてほしいと頼んだのは私と学園長だ。

存在感を出さないように。
そうして気を張る日々が当たり前になって、他の男子との会話も無くなりつつあったというのに、急にやってきた気分屋の彼。ただの好奇心での質問だったとしても、“私のこと”に触れて会話してくれたのは、フロイド先輩だけだった。

「小エビちゃんの好きな食べ物はなぁに?」
『オムライスとチョコレートです』

という、なんてことない会話。それだけなのに、私は“ここに存在しているんだ”と、心の底から安心した。



『影に埋もれていた私を引っ張り上げてくれたフロイド先輩の然り気無い優しさ。私が好きなのはそういうとこですかね』


「へぇ。ちゃんと理由はあったんだね。てっきりフロイドの言いなりにされているのかと心配していたけど、杞憂で良かったよ」


「えぇ〜、金魚ちゃんひっでぇ。オレ小エビちゃんにそんなことしないしぃ」


「「『!?』」」



突然背後から聞こえてきたその声に、三人揃って肩が跳ねた。特徴的な間延びした声は、たった今話題にしていた彼のもの。

振り向いて確認する前に、後ろから伸びてきた腕が私の前で交差した。



「フ、フロイド!? いつの間にここに……!」


「んー、ついさっき。小エビちゃん遅ぇんだもん」


『今日はお茶会だって言いましたよ?』


「でもその後遊ぶって約束したでしょ〜。オレ待ちくたびれたぁ」



私の頭に顎を乗せて重心を掛けてくるフロイド先輩。

他寮のお茶会と聞いて私が行くことを渋っていた彼にしては、この数時間待ってくれたのは良い方なのかもしれない。ただでさえ、ハーツラビュルには私に直接手を出してきた生徒がいるのだから、彼が心配するのも無理もない話だ。



『わかりました。じゃあリドル先輩、ケイト先輩。私はこの辺でお暇させて頂きますね。楽しいお茶会をありがとうございました』


「ああ。名残惜しいけれど、彼氏のご登場とあれば仕方ないね。こちらこそ、来てくれてありがとう」


「またね〜、ユノちゃん」



早々に席を立ち先輩方に挨拶を済ませると、私はフロイド先輩に手を引かれながらハーツラビュル寮を後にした。ユウとグリムを置いてきてしまったけれど、エースとデュースと一緒に楽しくやっているし大丈夫だろう。



* * *



鏡の間を経由して、オクタヴィネル寮のフロイド先輩の部屋まで一直線に向かうと、彼はベッドに腰掛けて私を背後から抱き竦めた。

もしかしなくても、これは……



『……聞いてましたね?』


「聞いちゃった」



フロイド先輩は私の背中に顔を埋めて、くぐもった声で言う。

何を、とは言わなくてもわかる。どこから聞いていたのかは知らないけれど、彼のことだから恋バナの内容はほぼ知っているだろう。



「あんな会話してるとは思わないじゃん」


『男子校でああいう恋バナはイメージありませんものね。私だってケイト先輩から聞かれなければ話しませんでしたよ』


「もう! なんで小エビちゃんそんなに普通なの!? もうちょっと照れても良くない!?」



私を抱き締める腕に力が入る。顔は意地でも見せてくれないようだ。

照れてないわけではないのだけれど……。



『言ったじゃないですか。私は“私を知ろうとしてくれる優しいフロイド先輩が好き”なんです。そういう気持ちも含めて知ってくれた今も、照れや恥ずかしさより喜びの方が強いんですよ』


「っああぁぁあああああ!!!! もうそーゆーこと言葉にしなくてもわかってるから!!」


『はい。ありがとうございます』


「ユノちゃんッ!!」



ごろんとベッドに転がされる。私の顔の両側に手をついて見下ろすフロイド先輩の顔は、案の定真っ赤に染まっていた。



「もう、それ以上言ったら我慢できないからね」


『……ふふ、わかりました』


「ほんとにわかってる!? ここオレの部屋なんだからね!?」


『わかっていますよ。もう言いません。怒らせたいわけじゃありませんから』



これ以上刺激してはいけない。それくらい自分でもわかっている。



(先輩もずっと我慢してくれてる……)



わかっているから、私も我慢する。
お互いにいつタガが外れてしまうかという恐怖もあるけれど、でもやっぱり求めてしまう。

恋愛とは恐ろしいものだ。



「……小エビちゃん」


『なんですか?』


「ぎゅーしたい」


『はい、どうぞ』



ベッドに横になりながら、今度は正面から抱き締められる。トクトクと鳴る心音は、果たしてどちらから聞こえるものだろう?
それに耳を傾けて先輩の温もりに包まれているだけで、こんなにも安心する。

もう少しだけ、年相応な女の子でいたい。
そう願う私の手は、無意識にフロイド先輩の服を掴んで放さなかった。










「小エビちゃん、眠い?」

『……眠いです』

「寝ちゃう?」

『先輩は?』

「小エビちゃんが寝るならオレも寝る〜」

『…………おやすみなさい……』

「おやすみ〜、小エビちゃん。……今日もお疲れ様」