‐フロイドside‐



モストロ・ラウンジの厨房で皿を洗いながら、放課後のベタちゃん先輩との会話を思い出す。

せっかく小エビちゃんとゆっくり過ごせる休日なのに、なんで仕事で彼女とられなきゃいけないわけ?
小エビちゃんもベタちゃん先輩が困ってるからって引き受けちゃうしさぁ。



「あぁああイライラする!!」


「フロイド、そんなに乱暴に洗っていてはお皿が割れてしまいますよ」



カチャカチャと音を立てていたからだろう、店を閉めてきたジェイドが厨房へとやってきた。もうフロアの掃除も済んだのか、オレの様子に眉を下げると洗い終えた皿を拭いていく。

ジェイドに言ったところでこのイライラは収まらないが、吐き出さないと気が済まないオレは放課後のことを一気に愚痴った。



「小エビちゃんじゃなくても学園出たらそこら辺に女の子いんじゃん! なんで小エビちゃんなわけ!?」


「さすがに道行く女性を突然スカウトはできませんよ」


「だったら小エビちゃんだってそうじゃん! 今まで話し掛けてくることなんて無かったのに、女の子ってだけでお願いしてさぁ!」


(相当お怒りですね……)


「小エビちゃんも小エビちゃんだよ。休みの日はずっと一緒にいられるから楽しみにしてんのに。そう思ってんのオレだけなのかなぁ……」



小エビちゃんと付き合うようになってから、彼女がどれだけ学園で窮屈な生活を送っているのかを知った。本人は平気そうにしているけれど、平日と休日では彼女の雰囲気はまるで違う。

学園で会えば、常に周囲に男子がいるから緊張した顔をしているし、移動も小エビちゃんより背の高いカニちゃんたちに隠れるようにしている。

でも休日一緒に過ごしている時は、肩の力を抜いて寄り掛かってきたり、うたた寝したり。平日の疲れを回復する様子が見られるのは、オレに気を許してくれている証拠だろう。うっかり寝ちゃった時は申し訳なさそうに謝ってくるけれど、オレはそんな小エビちゃんが可愛くて堪らない。心から信頼してくれているんだとオレも安心する。

なのに、明日は会えないのか……。
せっかく小エビちゃんの居場所になれたと思ったんだけどなぁ。

はぁ、と大きな溜め息を吐く。

その時、オレのスマホがバイブ音を鳴らした。画面には見知らぬ番号が映っている。こんな時にイタズラ電話?
放っておけば切れるかと知らんぷりするが、一向に切れる気配が無い。



「ジェイドぉ、代わりに出て〜」


「おやおや。わかりました」



今は電話に出る気分じゃない。
ジェイドにテキトーにあしらってもらおうとスマホを渡し、皿洗いの続きをする。



「はい。………………! これはこれは。……ええ、いますよ。今代わりますので、少々お待ち頂けますか。……フロイド」


「なぁにぃ?」


「ユノさんですよ」


「小エビちゃん!?」



思ってもみなかった通話相手に、たった今洗っていた皿をボチャンッと水に落とした。

急いで手を拭いてスマホを受け取ると、『もしもし、フロイド先輩ですか?』と、耳に馴染んだ彼女の声が聞こえてくる。



「え? 小エビちゃんスマホ持ってたの?」


『いえ。今しがた学園長に頂きまして』


「いまぁ!?」


『さっきヴィル先輩に連絡先を教えてほしいと言われたんです。スマホはユウしか持っていないと伝えましたら、直接学園長に掛け合ってくださったようで』



年末のホリデー前に支給されたスマホは、オンボロ寮の三人で一台しか無かった。そのスマホは代表して小エビくんが所持しているらしい。
小エビくんの方が交遊関係は広いし、ここでも小エビちゃんが女の子だからという理由で持たせてもらえなかったのだそうだ。

恋人同士なのに小エビちゃんとの連絡手段は何も無かったのだが、これは思わぬ朗報だ。



『ユウにフロイド先輩のスマホの番号とIDを教えてもらって掛けたんですけど、出たのジェイド先輩でびっくりしました。フロイド先輩のスマホで合ってますよね?』


「うん! 合ってるよぉ」


『あ、良かったです。先輩にはこのこと最初にお伝えしようと思ったので、まだ他の人は登録できてないんです』



……それってつまり、俺を一番最初に登録してくれたってこと?

スピーカーから聞こえる小エビちゃんの言葉に、今目の前に本人がいなくて良かったと心底安心した。オレ今絶対真っ赤だもん。



『それでですね。一つご相談があるんですが、今お時間大丈夫ですか?』


「うん、いいよぉ」


『あの……、明日のことなんですけど……』



小エビちゃんの相談なら何でも聞こうと思った矢先に出たこの話題。さっきまでのイライラが、また腹の底から沸き上がってくる感覚がした。



「やっぱり行くのぉ、小エビちゃん?」


『はい、もうお返事してしまったので。それで、フロイド先輩。もし明日ご予定無ければ、撮影見に来て頂けませんか?』


「は? 行って良いの?」


『本当は一般人の見学はダメらしいんですけど。急遽決まった代理だから、知人がいた方がリラックスできるだろうということで、監督さんに許可してもらえたそうです。でもユウとグリムは、もうエースたちと遊ぶ約束をしていて……』



突然の彼女からの誘いに、燻っていたイライラが吹き飛んだ。我ながらなんて現金なんだろう。



『あと、これもさっき聞いたんですけど。一緒に撮影するお相手の男優さんが、ちょっとクセの強い人みたいなんです』


「あ〜、そっか。カップルってゆー設定なんだっけ」


『はい……。芸能人ですし、何かされるってことは無いと思いたいんですが……やっぱり不安なので。フロイド先輩が近くにいてくれると心強いな、と思いまして……』


「……っ!」


『撮影中はお話しできませんから、ご都合宜しければジェイド先輩と一緒に来て雑談してくださってても大丈夫です。私の我が儘に付き合わせるのは、お二人に申し訳ないんですけど……』


「だいじょぶだよぉ、小エビちゃん。そしたらジェイドと一緒に見に行くから、小エビちゃんは安心して撮影してね〜」


『良かった、ありがとうございます。今度改めてお礼しますね。じゃあ時間と場所は……』



そうして日時を聞いた後、名残惜しみながら通話を終了した。

通話する前までは気が立っていたというのに、今のオレは滅茶苦茶気分が良い。ジェイドにもそれが伝わったようだ。



「おやおや、随分とご機嫌になりましたね」


「小エビちゃんに撮影来てって誘われちゃった〜。ジェイドも行こぉ」


「ええ、わかりました」



スマホの通話履歴から、小エビちゃんの番号を登録する。これでもう知らない番号だと取り逃したりしない。

二人きりじゃないとはいえ、これで明日も小エビちゃんに会えると思うと凄くワクワクした。










「アズールぅ、明日の仕込みもやっといたよぉ。今日はもう上がるね〜」

「……やけにフロイドの機嫌が良いですね。自主的に仕込みまでするとは珍しい」

「ユノさんのお陰ですよ」

「なるほど」