‐ユノside‐
撮影当日。
昨夜、無理を言ったにも関わらず、フロイド先輩とジェイド先輩が撮影を見に来てくれた。
『せっかくの休日にすみません』
「いーのいーの! オレは小エビちゃんに誘ってもらえて嬉しいよぉ」
「撮影、頑張ってくださいね」
『ありがとうございます』
本当は見られながら撮影するのも緊張するけれど、相手の男優さんのことを思うと先輩方がいた方が安心する。
というのも、先ほど男優さんと挨拶を済ませたのだけれど、既に嫌悪感でいっぱいなのだ。
「へぇ〜、ユノちゃんっていうんだ。可愛い名前だね。今日はよろしく」
そう言って握手を交わした私の手を両手で包み、まるで嘗めるように触ってきた。背中に毛虫でも這ったような、ゾワゾワした感覚がして気持ち悪い。
然り気無く手を引き抜いて早々にヴィル先輩の元に避難したけれど、これは予想以上に危ない人だ。
「アイツも人気俳優だし、取り返しのつかないことにはならないはずよ。でも、あまりにも過度なスキンシップが来たら、すぐに近くのスタッフかアタシに知らせなさい」
先輩の言葉に頷いたけれど、あの人の第一印象からすると、声を上げたところではぐらかされそうな気がする。
とりあえず表情は使われないわけだし、撮影終了まで私が我慢すれば良いだけだと腹を括った。
撮影は数パターンあり、設置された簡易更衣室で何度も衣装替えをしなければならない。メイクもその度に直すから時間もかかる。男優さんばかり気にしてもいられない。
私は男優さんのことはひとまず頭の隅にやり、タイムスケジュールが押さないよう素早く行動し、一つ一つの撮影に集中することにした。
* * *
撮影は、私が想像していたよりも地獄だった。
男優さんと私はカップルとして並ぶため、常に身体のどこかが触れている。手を繋いでピースするだけならまだしも、肩を抱かれたり、両手で頬を包まれたり。
それが映画のテーマだし、引き受けたのは私だ。仕事としてこなす分には、ある程度妥協する心積もりだけれど……。
この男優さんは、それだけでは済まなかった。監督さんの確認時や、自分の顔がカメラに向いていないタイミングを見計らって、小声でずっと話し掛けてくるのだ。
「ねぇ、ユノちゃん。今日の撮影が終わったら一緒にご飯でもどう?」
『お断りします』
「つれないなぁ。ぼく世間の女の子から結構人気あるんだよ?」
『知りません』
「えぇ、酷いなぁ。人気俳優とご飯行けるチャンスなんて、この先滅多にないよ?」
『興味ありません』
「ははっ、ユノちゃんって面白い子だねぇ。ますます気に入っちゃった」
今の会話の流れで何を気に入ったというのか。バッサリ切り捨てているのに、起き上がりこぼしのように再アタックしてくる。もういい加減相手をするのも疲れてきた。
(……あ、フロイド先輩)
ちょうど次のポージングで顔を向けた先に、先輩たちが立っていた。
ヴィル先輩も一緒になって雑談しながら見てくれているようで、気付いたフロイド先輩が手を振ってくれた。自然に頬が緩む。ポーズ中だから振り返せないのが残念だ。
「……へぇ、もしかして彼氏?」
また話し掛けてきた。プロなら真面目に撮影してほしい。
「なんかヤンチャそうな人だなぁ。ユノちゃんに吊り合って無くない?」
『人の彼氏にケチつけないでください。不愉快です』
「おっと、怒っちゃった? ごめんって、後でスイーツ奢るからさぁ」
『結構です』
誘いはひたすら断れば良いけれど、フロイド先輩への悪口はさすがにカチンときた。なんで初対面の他人に彼氏の評価をされなければいけないのか。
休憩時間まであと三十分。そこまで我慢しようと、男優さんをあしらいながら次のポージングをした。
* * *
「……はいオッケー! 二人ともなかなか良かったよ。じゃあ今から十分休憩しようか!」
監督さんの掛け声に返事をし、私は急いでその場から遠退いた。向かう先は勿論彼の元だ。
「小エビちゃん?」
『すみません、隠れさせてください』
先輩たちの後ろに隠れるように回り込んで深呼吸する。もはやあの人と一緒に息を吸っていることさえも気持ち悪い。
そっと男優さんのいる方を見てみると……
「うわぁ……、あいつこっち見てねぇ? 小エビちゃん大丈夫?」
『大丈夫なら隠れたりしませんよ』
先輩たちに壁になってもらっているのに、真っ直ぐに私に視線を寄越してくる。こんな人、学園でも会ったことのないタイプだ。
「かなり熱烈な視線ですね。彼、いつもああなんですか?」
「アタシも共演は今回が初だから、聞いた話でしかないわ。女性からの人気を集める俳優であることと、彼自身がプライド高くて、自分に落とせない女はいないと思ってるのよ。実際に、俳優の彼氏候補ランキングトップスリーに毎回いるわね」
『信じられない……。私だったら投票入れずに破いて燃やします』
「ブフ……ッ」
「あはっ、小エビちゃんらしいなぁ」
投票している人は、男優さんの演技力にまんまと惑わされているのだろう。本性を知ったら幻滅するに違いない。好みは人それぞれだけれど、私はこの人が嫌いだ。
先輩たちと良い感じに息抜きもできたところで、もうひと頑張りしようと伸びをする。残すはあと数枚。それが終わればあの男優さんともおさらばだ。
『じゃあ、続き行ってきます』
「頑張ってね〜、小エビちゃん」
「監督! ラストの一枚なんですけど、ユノちゃんの笑顔使ってみるのどうですか?」
『は?』
早めにメイク直しに向かおうと先輩たちに背を向けた時、聞こえてきたそれに足が止まった。提案者はもちろんあの男優さんだ。
表情は使わないハズだろうと、確認のために振り返ってヴィル先輩を見ると……
(うわぁ……)
世にも恐ろしい鬼のような形相で男優さんを睨んでいる。見るんじゃなかった。
「ちょっとアンタ、何を勝手なことを言ってるの? 主演女優は他にいるんだから、ユノの表情は使えないわよ」
「いやいや、目元から下ならいけるでしょ! ユノちゃん凄く良い顔するんですよ〜」
ウィンクを飛ばして仲良しアピールしてくる男優さん。ゾワッと全身に鳥肌が立った。
私がいつおまえに笑ったというんだ?
「ふむ……、きみが言うなら良いかもしれないねぇ」
『え……』
「監督まで何を言ってるんですか!? ユノは業界の人間じゃないんですよ?」
「まぁまぁ、ヴィルくんそう言わずに。ユノちゃんさえ良ければ、どうかな?」
にこりと悪意無く笑いかけてくる監督さんと、その奥で気味の悪い笑みを浮かべる男優さん。ヴィル先輩もこればかりは予想外の展開のようだ。判断は完全に私に委ねられている。
ラストの写真は、確か男優さんと向かい合い、男優さんの背面の肩越しから私にピントを合わせて撮るものだったはず。つまり、この男優さんに向けて笑えと……。
(嫌だな……)
こんな男に笑いかけるなんて死んでも御免だ。
だけど……
『……わかりました。挑戦させてください』
「ユノ、アンタ……」
「そうかい。じゃあラストまで宜しくね!」
私の返答に気を良くした監督さんは、カメラと照明の調整に向かっていった。
「小エビちゃん、だいじょぶなのぉ?」
「もの凄い無茶振りをされたのでは?」
「アンタ、受けたからには良い笑顔を作らないと終われないわよ?」
心配の声が私に重くのし掛かる。先輩たちの言う通り、私には荷が重い仕事だ。日常でも笑顔なんて殆んど出さないんだもの。
でも、このまま引き下がるつもりは無い。無茶を言って撮影を長引かせたいのか、私を困らせて楽しんでいるのか知らないけれど、売られた喧嘩は買ってやる。
『……お願いがあります』