‐ユノside‐



「じゃあラスト! 彼女が彼氏に送る幸福の笑顔!」



いよいよラストの撮影だ。目元から下、口と頬が写る写真。何としてでも満足のいく表情を撮らなければならない。

衣装さんとメイクさんに身形を整えてもらい、監督さんの合図で男優さんの方を向く。舌なめずりをするその顔はもううんざりだ。こんな人に笑顔なんて向けたくない。

でも……



(フロイド先輩……)



男優さんとカメラさんの更に奥。一直線上にいる彼。彼がいるだけで、他の光景はどうでもよくなる。





──お願いがあります。

──お願い?

──遠くても構いません。私の視線の先で、フロイド先輩に立っていてほしいんです。

──えっ!? オレ?

──なるほど。フロイドに笑顔を向ける、ということですか。

──作り笑いはできないけど……、でも、フロイド先輩が相手なら笑顔になれると思うから……。

──小エビちゃん……。

──ふふっ、わかったわ。立ち位置はアタシに任せてちょうだい。





(……ありがとうございます)



いきなり頼んだから、フロイド先輩は照れくさそうに頬を掻いている。そんな彼がとても愛おしくて、幸せで。感謝の気持ちを伝えるように私の口角も上がった。

数回、カシャカシャッとシャッター音が鳴り響く。



「……はい、オッケー! 良いねぇ、ユノちゃんバッチリだったよ。本当に幸せそうな笑顔だった。今日の撮影は以上!」



お疲れ様でしたー!
と、スタッフ全員の声が上がり、ラストの写真も撮り直すことなく終了した。



(やっと終わった……)



どうなることかと緊張したけれど、監督さんのあの表情を見るに満足してもらえたようだ。

強張っていた肩の力を抜き、まずは先輩たちにお礼を言おうと一歩踏み出す。
しかしそれは叶わず、別方向から強引に腕を掴まれた。



「いやぁ、良い笑顔だったよ〜ユノちゃん。まさかあんなに可愛く笑ってくれるなんて思わなかったなぁ」



誰かなんて確認しなくてもわかった。撮影が終わったのにまだ絡んでくるとは、この男優さんしつこいにも程がある。

それに、私はおまえに笑った覚えは無い。



「ねぇ、やっぱりぼくに気があるんでしょ?」


『ありません。放してください』


「もう。ツンデレなんだね、ユノちゃんは」


『デレてません』


「そうだ、今日の記念にスマホでツーショット撮ろ!」


『は?』


「ぼくとプライベート写真まで撮れるなんて、ユノちゃん超ツイてるよ。ほら、もっとこっちにおいで」


『……っ、や……っ!』



今撮り終わったばかりなのにまだ撮るのか。しかも個人のスマホでツーショット撮影なんて絶対に嫌だ。
抵抗する力も虚しく、グイッと痛いほどに引っ張られる。

だが、男優さんの腕に収まる寸前、横から現れた別の温もりに包み込まれた。



「いつまでもオレの彼女にベタベタ触ってんじゃねぇよ。小エビちゃん嫌がってんじゃん。ウゼェんだけど」



間近で聞こえる、威嚇するフロイド先輩の低い声。力強い腕にぎゅうっと抱き締められ、不謹慎にも胸が高鳴った。

先輩の睨みに男優さんは一瞬怯んだけれど、それでも尚言い募る。



「……っ、きみ見た目通りガラ悪いなぁ。ユノちゃん、こいつに脅されてない? 大丈夫?」


「チッ。聞こえなかったぁ? 小エビちゃんに手ぇ出すなっつってんのぉ」


「小エビちゃん? ユノちゃんのこと、そんな変なアダ名で呼んでんの? ユノちゃんが否定しないからって可哀想に……」


「あんたには関係ねぇだろ。絞めんぞコラ」



この男優さん、どこまで自分本意なんだろう?

本気じゃないとはいえフロイド先輩の威嚇にも屈しないとか、恐れ知らずもいいとこだ。学園でも先輩に一対一で挑む男子なんて見たこと無いのに。

芸能人であることで手を出されないとでも思っているのだろうか。でも、フロイド先輩にはそんな肩書き通用しない。煽りすぎて殴り合いへと発展しないかと、彼の腕の中でハラハラしながら見守った。



「きみみたいな口の悪い不良に、ユノちゃんが本気で惚れるわけないでしょ。夢見るのも大概にしなよ」


「はぁあ? あんたにそーゆーこと言われる筋合いねぇんだけどぉ。夢見てんのはどっちだよ」


「ユノちゃぁん、やっぱどう見ても吊り合って無いからぼくにしときなって」


「しつけぇ小魚だなぁ。気安く小エビちゃんの名前呼んでんじゃねぇよ、雑魚が!」


「ぼくのことも魚扱い? ほんと頭イカれてんねぇ。ユノちゃんもそう思うでしょ? そんな妙なアダ名で呼んでくる変人より、ぼくが優しくしてあげるよ?」



その時、私の中で何かがプチッと切れた音がした。

堪忍袋の緒が切れるってこういうことを言うんだなぁ。なんて、頭では冷静に自己分析しつつも、内なる怒りは燃え上がる。

私はフロイド先輩に腕を回し、ぎゅっと抱き締め返す。彼から驚いたような気配がしたけれど、私は構わずに男優さんへと顔を向けて睨んだ。



『私はフロイドさんの小エビですし、フロイドさんを心から愛しておりますのでご心配なく。人気俳優だか何だか知りませんけど、貴方なんか眼中にありません』


「な……え、ユノちゃん!?」


「こ、小エビちゃ……」


『撮影中はしつこくナンパしてくるし、気持ち悪いくらい触ってくるし、気遣いの欠片も無くて最悪でした。人としても男としても最低。優しさなんてフロイドさんと比べるまでもない。人気俳優が聞いて呆れますね』


「ちょ……、ぼ、ぼくは……!」


『今後、貴方の出演する作品は絶対見ません。頼まれても貴方とは二度と共演しない。私の人生に貴方はいらない。一昨日来やがれさようなら』



男優さんにベーッと舌を出してから、フロイド先輩の胸に顔を埋める。言いたいことは言った。逆上するならまた倍にして言い返す。

こんなに怒ったのは初めてかもしれないなぁ。
そんなことを他人事のように思っていると、先輩に身体を抱き上げられ、複数の笑い声が上がった。



「あっはははははは!! 小エビちゃんサイコー! もっと言っちゃえ〜!!」


「ク……ッ、ふ、ふふっ。貴女は本当に楽しませてくれますねぇ。良いものが見れました」


「丁寧な口調で随分と言うじゃない。そういうの、嫌いじゃないわ」



いつの間に近くに来ていたのか、ジェイド先輩とヴィル先輩が男優さんの前に立ちはだかる。



「さて。嫌がるユノさんへの執拗な誘い文句とフロイドへの暴言、一部始終を僕のスマホでしっかり録画させて頂きました。メール文も打ち込み済みですので、事務所へ送りつける準備は万全です」


「アンタの負けよ。さっさとユノの前から消えなさい。じゃないと、アタシからも事務所と監督に言いつけるわよ」


「く……っ」



さすが先輩たちだ。証拠映像と、男優さんより知名度が高いだろうヴィル先輩。この二つが何を意味するのかは想像に容易い。

分が悪いと感じたのか、男優さんは悔しそうな表情を浮かべてスタスタと去っていった。



『…………っ、はぁぁぁぁ……』



完全に姿が見えなくなるとドッと疲れが押し寄せてきて、フロイド先輩にもたれ掛かった。先輩の服を掴む手が、今もまだ震えている。知らず知らずの内に恐怖を感じていたらしい。

長く息を吐き出せば、先輩の大きな手が背中をぽふぽふと擦ってくれた。



「もう大丈夫だよぉ、小エビちゃん」


『……はい。守ってくれてありがとうございました』


「彼女守るの当たり前じゃん!」



ニヘラと笑うフロイド先輩。その言葉と笑顔に胸が熱くなる。私には勿体無いくらい素敵な彼氏だ。



「お取り込み中悪いけど、ユノは衣装着替えてらっしゃい。スタッフも撤収できないわ」


『あ、そうでした』



思えば撮影が終わった直後に絡まれたのだった。早く着替えなければ撤収作業を長引かせてしまう。



『ちょっと行ってきます』


「はぁい、待ってるね〜」



フロイド先輩の腕を抜けて更衣室へと駆け出す。早く着替えてモストロ・ラウンジでご飯にしよう。



(お腹減ったな……。何食べよう……)



そんな呑気なことを考えている私の後ろで彼が赤面していたなんて、私は知らない。










「ふふふっ、真っ赤ですね」

「はあぁぁぁ……! もう、オレ小エビちゃんに負けっぱなしなんだけどぉ。なんで照れもせずにあんなこと言えんのぉ?」

「それだけ腹立たしかったんでしょう。良かったじゃない。一途に想われてる証拠よ」

「想ってくれんのは嬉しいけどさぁ……。ほんとのエビみたいにビクビクして怖がってるくせに自分で撃退しちゃうんだもん。オレに格好つけさせてくれたって良いじゃん」

「つべこべ言わずに、帰ったらアンタからもちゃんと言ってあげなさいよ。アタシが言うのもなんだけど、今日はだいぶ無理させちゃったから」

「……はぁい」