‐フロイドside‐
モストロ・ラウンジで小エビちゃんの打ち上げという名のお疲れ様会を終え、オンボロ寮まで彼女を送ることになった。
他の寮と違って、鏡の間を経由した後の道のりが長いのが、オンボロ寮の悪い所だと思う。こうして恋人になった今は、送っている最中も長く一緒にいられるから良いんだけどさ。
真っ暗な夜道を二人並んで歩く。
道中は、初めてモデルとして撮影した感想やあの男優への愚痴などなど。オレは学園での口数の少なさが嘘のような小エビちゃんの話に耳を傾けていた。
『今でも触られた感触が残ってる感じで気持ち悪いです。フロイド先輩に来て頂いてなかったらと思うと、本当に恐ろしいですね……』
「あはっ、ほんとにねぇ。呼んで貰えて良かったぁ。小エビちゃんの新しい一面も見られたしぃ」
『……だからそれは忘れてください』
「無理でぇす」
絶対に忘れるものか。小エビちゃんが怒りを表に出してしまう程に、オレのことが好きなのだと目に見えてわかったのだから。
(オレばっかり小エビちゃんのこと好きなんだと思ってたからなぁ)
自分が付き纏い過ぎなのはわかっているが、小エビちゃんからの反応が薄すぎて毎日が心配だった。彼女はオレが飽きるんじゃないかと思っているようだけど、寧ろオレの方が“付き合ってもらっている”という感じがして……。だから小エビちゃんがベタちゃん先輩の依頼を受けた時は、不安で仕方がなかった。
でも、今日の彼女の怒った時の言葉は、紛れもなくオレが愛されている証拠。抱き潰してしまいたいくらいに嬉しかった。
因みに、ベタちゃん先輩から貰った笑顔の写真と、ジェイドが録画してたデータは永久保存決定。もちろん彼女には秘密だ。
『最後の撮影、手伝って頂いてありがとうございました』
「オレ、立ってただけだよ?」
『それだけで良いんです。先輩がいなかったら笑えませんでした』
ほら、こうやってまたサラッと言う。
何も言われないより良いけど、口元緩むから勘弁してほしい。
『それで、フロイド先輩。今日のお礼は何が良いですか?』
「お礼?」
『助けて頂いたお礼がしたいんですけど、生憎私があげられる物って何も無くて。お菓子でも作るとか何か買うにしても、先輩の好みに合うかはわかりませんし……』
「あー……」
そもそもオレの好み以前に、小エビちゃんには何かを買うお金すら無いだろう。
さっき聞いた話では、月に一着服を買えるか買えないかのギリギリの生活だし、そんな子から物を貰えるわけがない。好きでもない奴だったら別だけど。
『何かあります?』
「んー……。何でも良いの?」
『私にできることだけですよ』
そりゃそうだ。
とはいえ、無茶なこと言っても小エビちゃんは器用にこなしちゃいそうだし、それは面白くない。手作り料理とか食べたいなぁとも思うけど、それは別にお礼としてじゃなくても良いだろう。
小エビちゃんにできることで、物じゃないもの。そう考えてオレの頭にふと思い浮かんだものは一つだけ。
……でも、して大丈夫かなぁ。
心配もあるけど、したいという欲求の方が強くて歩いていた足を止める。
「…………じゃあ」
『……?』
立ち止まったオレに合わせて、小エビちゃんも歩みを止める。見上げる小エビちゃんの高さに合わせるように腰を曲げ、そっと彼女の唇に自分のを押し当てた。
たった一瞬。だけど、長いように感じるその一瞬が、より一層彼女への愛しさを倍増させる。
何事も無かったかのように元の高さから小エビちゃんを見下ろすと、何をされたのか頭の理解が追い付かないらしい彼女は、瞬きも忘れてオレを見上げたまま固まった。
「だいじょーぶ? 小エビちゃん」
意地悪が過ぎたかな? そもそもこういうことに耐性無さそうだし。
でも、小エビちゃんは「好き」とかストレートに言える子だからなぁ。無反応か、普通に何も無かった反応をしそう。
……と、マイナスな思考を巡らせている間に、小エビちゃんはバッと後ろを向いて両手で顔を覆った。
「小エビちゃん?」
『……っ!』
肩に手を置くと今まで見た中でも一番大きく肩が跳ねる。髪の隙間から覗く耳は真っ赤。
もしやこれは……
「……照れてる?」
『……っ』
「うそ? マジで? 小エビちゃん照れてんの!? 見たい!」
『みっ!? ダメですっ、今はダメ!』
彼女の全力の抵抗も虚しく、オレの手で細い手首を掴まれると、赤く染まった顔が露になる。
潤んだ瞳がオレの目と合うと、恥ずかしそうに俯き、困ったように眉が下がった。
「……っ、かぁわいいねぇ」
『ダメって言ったのに……』
「小エビちゃんはオレのなんだから、ダメなんかじゃないでしょ?」
『うぅ〜……っ。初めてのキスで照れるなって方が無理です……』
「あはっ! ごめんって」
これ以上は小エビちゃんが可哀想だから、ぎゅうっとオレの腕の中に閉じ込める。
本当はもっと見ていたいけど、オレも凄く照れ臭いからね。オレにとってもファーストキスだし。
「怪我してたわけじゃなくて良かったぁ」
『……怪我?』
「オレの歯鋭いからさぁ、ちゅーしたら小エビちゃん傷つけちゃうかなぁってずっと思ってたんだよねぇ」
触れ合うだけのキスだし、そんなこと無いのはわかっている。だけど、海では凶器ともなるオレの歯で、無意識に小エビちゃんを傷つけないかが心配だった。
食べるわけじゃなく、口と口を合わせるだけの行為。そんなことして何になるのかって、小エビちゃんと付き合う前まではずっと疑問だった。でも、どうしてだろう。小エビちゃんとはちゅーしたいって思った。これも愛情表現ってやつなのかな?
『……ふふっ』
「小エビちゃん?」
『本当に、あの男優さんとは桁違いに優しいですね。フロイドさんは』
「えー、あんな小魚と比べないでほしいんだけど」
どんだけ最低な奴だったのかは、対峙したからよくわかってるけどさ。それにしても他の雄と比較されるとなんかムカつく。
『ふふふ、すみません。でも……』
「ん?」
『それだけ想ってくださってるんだとわかったので、嬉しいです』
「……っ、またそーゆーこと言う!!」
『いい加減慣れてくださいな。私がストレートなのは、嬉しいことを言うフロイドさんのせいですよ』
「もう! さっきまで小エビちゃんの方が照れてたくせに!」
『まだ照れてます。だからまだ放さないでください』
そう言って、小エビちゃんは自分からオレの背中に腕を回して顔を埋める。まだ耳が赤いことから、照れているのは本当のようだ。
昼間は男優に見せつけるためにしていたこの行為も、今はオレのためだけの愛情表現。
(……また負け。いや、今は引き分けかなぁ)
でも、この子になら負けてもいっかって思う。こんなにオレの感情揺さぶって振り回して、それが心地良いと思っている自分がいることに驚きだ。帰ったらきっと、ジェイドにも楽しそうに微笑まれるんだろうなぁ。
「……そろそろ帰ろっかぁ。小エビくんも心配するよ」
『はい』
身体を離して手を繋ぐ。絡んだ指先から伝わる熱さえも愛おしい。
小エビちゃんも同じこと考えてると良いなぁ。
「またちゅーしようね、ユノちゃん!」
『…………』
「え、なんで無言? ちゅー嫌なの?」
『ぃ、嫌では……ない……です、けど……』
「けど?」
『…………ふ、二人の時、だけなら……』
「……! もっちろん!」
(は、恥ずかし過ぎて死んじゃう……。「ちゅー」って、先輩こそストレートじゃないですか)
(ユノちゃんのこんな顔、他の雄には見せらんねぇ……! 食われちゃう!)