‐ユウside‐



『……38度2分』


『今日は休み決定だな』



週明けの早朝。なんとなく身体の違和感を感じて、ユノに熱を測らせた。大抵こういう感覚の時は、決まって片割れの不調だったりする。

予想は的中。ピピピッと無機質な音を響かせた体温計は、妹の高熱を計測していた。咳や鼻水といった症状は無いし、熱があって気だるいこと以外に不調は無いようだ。



『ごめん……』


『気にすんなって。最近色々あったんだし、疲れたんだろうよ』



池に落とされて、人魚になって、モデルの代理まで任されて……。災難続きだったもんなぁ。双子で一緒にこの世界に飛ばされたってのに、なんでこうもユノばかり大変な目に合うんだか。



(……ま、でも嫌なことばかりでもないか)



フロイド先輩と付き合い始めてから、ユノの強張っていた表情が少しずつ緩和してきている。無理を強いている身としては、大変喜ばしい変化だ。あの気分屋の先輩で大丈夫かと若干心配ではあったけれど、杞憂で済んで良かった。

この熱はもしかしなくても、今まで蓄積されてきた疲労が気持ちの変化によって溢れてしまったものだろう。緊張させっぱなしにするよりは休める方がずっと良い。



『じゃ、俺とグリムは学校行くからな。辛くなったら連絡寄越せよ。あと、フロイド先輩にも学校休むって言っとくこと』


『ん』


「オレ様のツナ缶、一個なら食っても良いゾ!」


『ありがと』



俺たちは三人で一人扱い。看病もしたいところだが、残念ながら俺は料理はからきしだし、一緒にいてもしてやれることがあまり無い。
勉強も座学はユノの方ができるが、今日は体力テストだから俺が出た方が良い。

心配ではあるがベッドにユノを寝かせ、俺はグリムと学校に向かった。



* * *



「ユノが熱出した!?」



教室に着いてエースたちに報告すると、案の定驚かれた。先週まではいつも通り無を貫いて過ごしてたもんなぁ。それも凄いことなんだけど。



『風邪じゃなさそうだから、たぶん疲労だよ』


「ああ〜。考えてみりゃ疲れねぇ方がおかしいか。女の子一人なわけだし」


「そうだな。学園長からも「ずっと存在感失くすことに徹してください」とか言われてたし、気を張り続けてたらこうなるだろう。でも大丈夫なのか? ユウは看病とかした方が良いんじゃ……」


『いや、俺がいてもお粥の一つも作れねぇし、いると逆にユノの気が落ち着かねぇだろ』


「そういうモンか?」


『そうそう。それに、たぶん……』


「やっほー、小エビくん」


「お話し中、失礼します」


「フロイド先輩!? ジェイド先輩も!」



突然上から降ってきた二つの声。見上げるとニコリと微笑んでいるフロイド先輩とジェイド先輩がいた。エースたちは未だにオクタヴィネルの先輩たちを恐れているし、用があるのは俺だけだろう。

席を立って先輩たちと共に廊下に出る。



「小エビくん、オンボロ寮の鍵貸して〜」


『はは、やっぱり行くんですね』


「小エビちゃんから、熱出たから休むって連絡来たからさぁ。看病してくる」



予想していた通りだ。

目に見えてユノにゾッコンなフロイド先輩のことだから、連絡すれば必ず看病しに行くだろうと。そうなると俺はお邪魔だからなぁ。睨まれる前にグリムと退散すべきと考えて正解だった。

ポケットから寮の鍵を取り出し、フロイド先輩に手渡す。



『妹のこと、宜しくお願いします』


「あはっ、おっけー。ありがとねぇ、小エビくん」



嬉しそうに笑ったフロイド先輩は、鍵を握りしめると早足で去っていった。一刻も早くユノの元に行きたいのだろう。



『……サボらせちゃってすみません』



兄である俺が看病せずに授業に出て、彼氏のフロイド先輩をサボらせる。身内としては結構居たたまれない状況になってしまい、ジェイド先輩に謝罪する。

先輩は別段気にした様子も無く、いつもの上品な笑みを浮かべた。



「いえいえ。あんなにも人に尽くそうとするフロイドは今まで見たことがありませんし、僕も見ていて楽しいのでお気になさらず」


『それは良かった』


「……しかし、貴方はそれで良いのですね」



片割れをフロイド先輩に預けることが何を意味するのか。

何もかも見透かされているらしい。そんな瞳で見下ろされ、俺は小さく息を吐く。



『……それはジェイド先輩も同じでしょう。片割れを異世界人の女の子と付き合わせて平気でいられますか?』


「…………」



人魚と人間という種族の壁に加えて、本来生きる世界まで違うのだ。

俺たちはいつまでこの世界にいられるのか。また突然元の世界に戻ってしまうのではないか。ユノとフロイド先輩が恋人という関係にまで発展してしまった以上、元の世界に帰れるかという疑念よりも離ればなれになってしまう不安の方が大きい。

ユノだけでもこの世界に留まれるなら、俺はどちらでも良いのだけれど。



『俺は祝福しています。今後、俺とユノがどうなるのかなんてわからない。でも、ユノはそう簡単に好きな男を手放したりしないだろうから』



ユノのことは何でも知っている。好きなことも、嫌いなことも、何もかも。

世界がフロイド先輩とユノを引き裂こうとも、その後どう行動を起こすかなんて想像がつく。

周囲に反対されようとお構い無しに、最後は必ずハッピーエンドを迎えさせるだろう。あのヴィラネスは。

そう言うと、ジェイド先輩は安心したように少しだけ目元を緩めた。



「……そうですか。僕も、貴方と同じく祝福していますよ。それに、フロイドが唯一飽きなかった存在を、そう易々と元の世界に返すわけがありませんから」


『でしょうね。でも、二人が幸せなら俺はそれで良い』


「……ふふ、同じく。貴方の気持ちが知れて良かったです」


『ははっ、俺もです』



お互いに双子だからこそ、よくわかるきょうだい愛。あの二人が結ばれたのは俺たちにとっても幸運なのかもしれない。

……そろそろ予鈴が鳴る。



『無愛想で感情も読みにくい妹ですが、オクタヴィネルに遊びに行く時は宜しくお願いします』


「ええ。こちらこそ、甘えたで気分屋で何をするかわからない兄弟ですが、宜しくお願いします」



どうか、きょうだいの未来が幸せでありますように……。










「ジェイド先輩と何話してたの?」

『ただの挨拶だよ。このまま関係が続くなら、ユノの兄貴になるわけだしなぁ』

「ジェイド先輩が兄貴ってのもなかなか凄いことな気がする……」

「フロイド先輩が彼氏でジェイド先輩が兄貴……。ユノってある意味最強なんじゃね? さすが猛獣使い」

「めっちゃ恐ぇんだゾ……」