‐ユノside‐



一日だけ学校を休んで以来。どういうわけか、私はクラスメートに変な目で見られるようになった。私の方を見てはニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたり、コソコソと聞こえるか聞こえないかくらいの声で話していたり。まるで元の世界で陰口叩いていた女子集団のようだ。

少しだけ聞こえた内容は、私が休んだ日にフロイド先輩も休んだことと関係あるらしい。



「まーたあそこで何か言ってんなぁ」


「ユノ、大丈夫か?」


『平気。次移動でしょ? 早く行こ』



エースとデュースにも心配されるけれど、気にするだけ時間の無駄だと言って教科書を持って立ち上がる。いつも通り二人が前を行き、隣にはグリムを肩に乗せたユウが歩く。

背の低い私は彼らの壁によって周囲からは見えにくいし、今までこれで指摘されたことは無い。

でも、廊下を進み階段へと続く曲がり角に差し掛かったところで、それは聞こえてきた。



「ほら、あの女。この間は学校休んでフロイド先輩と遊んでたんだって?」


「へぇ〜、いっちょ前にリア充してんのなぁ。ここ男子校だってのにさ」


「俺らが勉強してる時に、一日中お楽しみだったってわけか。性格悪い女だなぁ」



歩きながら聞こえてくる会話に、みんなの表情もだんだんと強張っていく。



「……ユノ」


『気にしてない。無視で良い』



こんな噂話、時間が経てばその内消える。反応するだけ相手を喜ばせるだけだ。



「なぁ、待てよ」


『……っ!?』



後ろからグイッと手首を掴まれた。無理矢理振り向かされたそこには、五人ほどの男子の集団が私を見下ろしている。



「聞こえてんだろ? あの日はどうだったわけ? キスとかエッチとかどこまで行ってんの? 気持ち良かった?」


「フロイド先輩じゃあ、めっちゃ痛ぇんじゃねぇの? 身体でけぇんだからさ」


「ヤった次の日から学校来れるとか、ユノちゃんすげぇタフだね。なぁ、俺らとも遊んでみねぇ?」



ギリギリと強く握られる手首が痛い。力の差で引き抜くこともできず、苦痛が顔に出てしまったのだろう。横からエースが相手を押し退けた。



「おい。お前らいい加減にしろよ」


「根も葉も無い噂を立ててユノを追い詰めてんじゃねぇよ。胸糞悪いな」



我慢しきれなかったエースとデュースが立ちはだかる。友達として守ろうとしてくれるのは素直に嬉しいけれど、こういった輩に反論するのは火に油だ。

ユウはそれをわかっているから、ずっと私の手を握ってくれている。でも、次第に握る力が強くなっていることから、かなり怒っているのが伝わってくる。



「あ? なにお前ら? こいつのナイト気取り?」


「お前らもその女と結構遊んでたりしてな! いつも一緒だし」


「でもさぁユノちゃんからソレっぽい匂いしないんだよねぇ。未だに一度もヤってないんじゃね?」



獣人の男子が鼻をひくつかせながらニヤリと笑う。無駄に鼻が利くというのもこういう時には厄介だ。

何を答えたところで、彼らにとっては良い話のネタにされるだけ。私は無言を貫くけれど、みんなに守られてばかりでいても仕方がない。

どうしたものか……。



「はあ? ヤらせないなんて有り得ないっしょ」


「本当に付き合ってんの?」


「棄てられるのも時間の問題じゃね? フロイド先輩飽き性だもんなぁ」


「オレが何だってぇ?」


「「「「「!!!?!?」」」」」



私の後ろから聞こえてきた声に、目の前の男子たちの顔から血の気が引いていく。エースや私も驚いて振り向くと、頭ひとつ高い場所から見下ろしてくるフロイド先輩がいた。曲がり角からフロイド先輩本人が現れるなんて、誰も予想できなかっただろう。

こんな都合の良いタイミングで本人が来るなんて有り得ない。隣を見ると、片手にスマホを持つ片割れがにっこりと笑った。エースたちの影に隠れてフロイド先輩に連絡したらしい。

先輩はスルリと私に腕を巻き付けると、男子たちに鋭い視線を向ける。



「オレの彼女に手ぇ出すなって言わなかったっけぇ? それとも口出しすんなって細けぇことまで言わねぇとわかんねぇの?」


「ヒッ!」


「いっぺん絞めねぇと理解できねぇってんなら……」


「す、すんませんっしたぁああ!!」



フロイド先輩が言い終える前に、顔を真っ青にした男子たちは一目散に逃げていった。さっきまでの威勢はどこへやら。どうやら自分たちより強い相手には逆らえない小心者らしい。



「なぁに、あの雑魚ども。お楽しみはこれからだってのにぃ」


「お楽しみにまで発展されちゃ堪んないッスよ……」


「あはっ! まぁ顔は覚えたから、あいつらは次会った時に絞めるとして。小エビちゃん、大丈夫?」


『はい、ありがとうございました。わざわざ来てもらってすみません』


「どういたしましてぇ。小エビくん、連絡ありがとねぇ」


『いえいえ。すぐ来てくれて俺も助かりました』



先輩にふわりと頭を撫でられて、緊張していた肩から力が抜ける。彼の手を煩わせるようなことはしたくなかったのに、己の身一つ守れない自分が不甲斐ない。

それに……



──キスとかエッチとかどこまで進んでんの?

──ヤらせないなんて有り得ないっしょ。

──本当に付き合ってんの?

──棄てられるのも時間の問題じゃね?



『…………』


「小エビちゃん?」


『なんでもないです。みんなも守ってくれてありがと』


「おう!」


「当然だろ?」


『じゃあ、先輩。次の授業行くので失礼します。ありがとうございました』


「ん! またねぇ」



さっきの男子たちの言葉が頭の中をぐるぐると回る。
フロイド先輩から変に突っ込まれる前に、みんなと共に移動教室へと向かった。










(小エビちゃん、ちょっと元気無かったなぁ。それに手首も少し赤くなってた。やっぱあいつらあとで絞めよ)