‐フロイドside‐



「小エビちゃんを噛みたい」



今日のモストロ・ラウンジの営業を終え、三人で賄いという名の夕飯をつついている時にオレから出た言葉。今ここにはいない彼女の話題に、アズールとジェイドは「またか」という顔をした。

惚気話をするのは毎日のこと。呆れられようと、ただ聞いてくれるだけで良い。オレがこれほどまでに執着する小エビちゃんのことを、二人に話したかった。

でも、今回は惚気話であり相談でもある。
日に日に増していく小エビちゃんへの愛情。学園では彼女が目立たないようにと我慢しているけれど、休日はべったりとくっついている。その差があるせいか、学園生活での周囲の男子と彼女の距離感にモヤモヤしたり、何故学年が違うのかと一年早い自分の入学を恨んだりもした。

そして今日。小エビちゃんはオレと付き合ってから初めて男子に絡まれた。原因はこの間オレと一緒に休んだことだと、あの後小エビくんから教えてもらった。



(でも、それだけじゃねぇよなぁ……)



──フロイド先輩、飽き性だもんなぁ。



オレが声をかける直前の男子の言葉だけは聞こえた。日頃の行いが悪いから、そう思われるのは仕方ないとわかっている。でも、そのせいで小エビちゃんに不安を植え付けられるのは、あいつらのこともオレ自身のことも許せなかった。

なんとかして、小エビちゃんはオレだけのものなんだと、唯一無二の番なんだと証明したい。何か良い方法は無いものか。そうして悩んだ挙げ句、出てきた案は彼女に噛み痕をつけたいという野性的な発想だった。



「噛んでくれば良いじゃないですか。ユノさんなら二つ返事で了承してくれるでしょう」



呆れつつもちゃんと相談に乗ろうという姿勢を見せるのは、もはやアズールの商人としての癖だろう。それは有り難いけれど、欲しい答えはそうじゃない。



「それはヤダ!」


「じゃあ諦めなさい」


「でも噛みたいの!」


「どっちなんですか……」



案の定、溜め息を吐きながらメガネを弄るアズールに、ジェイドも苦笑する。



「そもそも、フロイドは何故ユノさんを噛みたいんです?」


「……今日、小エビちゃんが他の雄に絡まれてたからさぁ……」



昼間にあった出来事を話すと、二人とも一応納得はしてくれた。



「マーキングしたいということでしょうか。他の雄に取られないようにという牽制の意味もあるのでしょう」



動物は自分のものに匂いをつける等して縄張りを示すものだ。人間や人魚だってそれは変わらない。

オレの場合、匂いよりも目に見える痕を残したいということだろうとジェイドが言う。



「陸の人間は、獣人でなければ鼻が利きませんからね。そういった人はキスマークを残したりするらしいですが……」


「フロイドは噛み痕を残したいということですね」


「でもさぁ、オレの歯で小エビちゃん噛んだら裂けちゃうじゃん。小エビちゃん柔っこいしぃ。傷つけたくはねぇんだけどぉ、でもやっぱ噛みたい」


「なら、やはりユノさんに直接聞いてみては如何です? 噛んでも良いかと。因みに、フロイドは彼女のどこを噛みたいんですか?」


「ノド」


「アウトですね」


「フロイド……。それ最悪死にますよ、彼女」


「だから困ってんの!!」



オレだってわかってるよ、ノドはヤバイって。
でも、小エビちゃんの身体の一部につけるなら手足よりもノドが良い。何故かはわからないけれど、本能的にそう思った。



「ユノさんは大人しそうに見えて強気なところがありますし、噛むことは了承してくれそうですけど……。ノドは難しいんじゃないですか。お前の噛み痕じゃあ尚更目立つでしょう」


「わかってんだってば、そーゆーことも」



“女子生徒として目立つ行動をしないこと”
“男子生徒を刺激しないこと”
それが、小エビちゃんがこの学園に通う上での学園長との約束。

男子生徒への刺激に関しては、オレと恋人関係にまでなった時点でもう無効だろう。オレへの刺激は半端ないけど、他の雄にはオレが牽制しとけば良い。

問題は“目立つ行動”。ノドなんかに噛み痕をつければ目立つなんてモンじゃない。



「小エビちゃんが我慢してんだからオレも我慢しなきゃって思ったけどさぁ、やっぱ無理。ぎゅーとちゅーだけじゃ足んない」


「フロイド、食事中にその話はやめてください」


「いーじゃん! こっちは悩んでんだから!」


「聞いてるだけでお腹いっぱいですね」



とか言いつつ、ジェイドはちゃっかり大盛りの賄いを完食する。オレと同じ体格してんのにどこにその量が収まってくんだか。



「とにかく、そういった悩みならユノさん本人に相談するのが一番ですよ。僕らが噛む場所云々を考えたところで、それを受けるのはユノさんなんですから」


「ん〜……」


「まったく、贅沢な悩みですね」



結局、二人に相談しても良い解決法はわからず、オレは味気無くなった賄いを無理矢理口に押し込んだ。