‐フロイドside‐



放課後。
教室で待っていた小エビちゃんを連れて、鏡の間からオクタヴィネル寮に向かう。もう何度も通い慣れた道だから、行き先はわかるだろう。

オレの部屋に着くと、小エビちゃんは『お邪魔します』と言って鞄を端に置き、ベッドに座る。その隣にオレも腰を落とし、早速気になっていた話を振った。



「小エビちゃん、昨日から何か悩んでない?」



とりあえずは、自分の悩みよりも彼女の様子だ。
昨日複数人の雄に絡まれてから、小エビちゃんの表情が少し硬くなった気がする。時折見せる笑顔もどこか意識は遠くにあるようで、それが何だか凄く嫌だった。

単刀直入に指摘すると、小エビちゃんは驚く様子もなくあははと苦笑を漏らした。



『ユウならまだしも、フロイド先輩にまでバレてたとは……』


「彼氏ナメんなよ?」


『恐れ入りました』



ペコリと頭を下げる小エビちゃんに、オレもふっと息を吐いて笑う。こういう態度をとるということは、悩みを話してくれるのだろう。

オレに打ち明けて解決するものなら何でも言ってほしい。それこそ、この間甘えてくれと願ったばかりなのだから。



『自分で何かしら答えが見つかるまではって思ってたんですけど……。でも、私は疎いからわかりませんでした』


「一人でわかんないことなら尚更言ってほしいなぁ。オレ、小エビちゃんになら何されたって良いし。あ、別れ話以外でね!」


『ふふ、勿論ですよ。別れ話なんかしません』



何をされても良いというのは本当だ。

今まで小エビちゃんが自発的に行動するということは殆んど無かった。そういった意味でも頼ってきてほしいというのが、彼氏であり番としての本音だ。



『……じゃあ、お願いがあるんですけど』



オレの前に立った小エビちゃんに手を引かれ、オレも立ち上がる。
話をしたいわけではなく、何かをしたいということらしい。



『こっち、向いてください』



と言うと、小エビちゃんはオレをくるりと反転させ、何故かベッドを前にする形で立たせた。

寝転んだり座ったりする方向と逆なんだけど?



『そのままで目を瞑っててください』


「こお〜?」


『私が良いって言うまで開けちゃダメですよ』


「わかったぁ」



何するつもりなんだろう?
サプライズ?

でも、今日は特別な日でも無ければ、イベントがあるわけでもない。小エビちゃんの初めての行動に、少しワクワクする。

言われた通りに待っていると、耳にギシッと何かが軋む音が届いた。続いて、頬に温かいものが触れて、小エビちゃんの匂いが強くなる。



「…………?」



……なにコレ?

なんかふわってした。

何かが口に当たってんだけど……。

柔らかい……。

…………………………………………は?



「……っ!?」



そこまで考えてハッと目を開けてしまった。



「……あ、れ?」



でも、目の前には予想していた小エビちゃんの姿は無い。というか、オレの部屋が広がっているだけ。

小エビちゃんは?



『………………ぅぅ〜……っ』


「え……?」



下から唸り声が聞こえてきて見下ろすと、顔を両手で覆ってベッドに蹲る小エビちゃんがいた。
ベッドの下には、ご丁寧にきちんと揃えられた小エビちゃんの靴が置いてある。

ぷるぷると震えていて、マジでまな板の上のエビみたい。

……って、そんなことより!



「小エビちゃっ、今……」


『ぅああっ、見ないでください見ないでください見ないでくださいっ』



肩に手を置くとビクンッと跳ね、上げられた顔は茹でエビみたいに耳まで真っ赤っか!

そんな顔してちゃ、オレが今思ってることをしたのバレバレだよ?



『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……っ』


「いや、なんで小エビちゃんが謝んの?」


『だ、ぅ……あ……、その…………うぅ〜〜……っ』


「うん。とりあえず落ち着こうか。ね?」



パンク寸前だ……冗談も言えねぇ……。



* * *



小エビちゃんをぎゅってして背中をぽふぽふしていると、だんだんと落ち着いてきたみたいで身体の震えも収まってきた。



「落ち着いた〜?」


『は……ぃ……』


「ん。じゃあ、ゆっくりで良いから悩んでたこと話してくれる?」


『はい……』



話を聞くために少し腕を弛めてあげると、小エビちゃんは一度深呼吸してポツポツと話し始めた。



『…………あの……』


「うん」


『昨日の、絡んできた男子たちに……「どこまでいってる?」って聞かれまして……』


「どこって何が?」


『…………キス、とか……えっち』


「はあ!?」


『……っ!』


「あ、ごめんっ」


『ぃ、いえ……』



思わず大きい声出しちゃったけど、女の子に向けてどんな会話してんの!?

あいつら小エビちゃんに何てこと聞いてくれてんのさ!
あの後絞めてやったのにまだ足んねぇなぁ。

今すぐ絞めに行きたい衝動にかられたけれど、とりあえず小エビちゃんの話を最後まで聞くために抑え込む。



「それで?」


『……「フロイド先輩と付き合ってるんだから、ヤりまくりに決まってる」って……』


「それ酷くね」


『獣人の男子はそういうの匂いでわかるみたいだし、私にそういう経験がまだないって悟られてしまって……。「ヤらせないのは有り得ない」とか「本当に付き合ってんの?」とか……。「棄てられるのも時間の問題」とか言われて……。怖くなって……』


「うわぁ……」


『フロイド先輩は優しいから、やりたいことを全部、我慢してくれてるんだろうな、と。このまま先輩に甘えてばかりいたら、呆れて離れていってしまうんじゃないかと思って…』



そう言って、小エビちゃんは涙目になり、しょぼんと効果音が聞こえそうなくらいに落ち込んだ。それを見て可愛いと思うオレは不謹慎だろうか。

というか、オレよりも小エビちゃんの方がいっぱい我慢してるくせに。オレの我慢なんかそのほんの一部だよ? 呆れるわけねぇじゃん。

で、そんなことを考えた末のあの行動は何だったんだろう?



「じゃあ、さっきのはぁ?」


『……っ、ゎ……私から……き、キス……すれば……、先輩はもう遠慮とか、心配しないで済むのかな……と。それしか思い付かなくて……』


「…………」


『……っ、いや……でした?』



小エビちゃんはビクビクしながら上目遣いでオレを窺い見てくる。不安に揺れる涙目の表情は初めて見るもので、心臓がきゅっと苦しくなった。

直視していられなくなり、片手で顔を覆って盛大な溜め息を吐く。

オレの遠慮と心配をなくすため?
そのためだけに、あんなことしたの?

……………………この……

この……



「小エビちゃんのバーカ」


『う……』



またぎゅうっとオレの腕に閉じ込める。

まさかそんな可愛いことで悩んでいたなんて思わなかった。てっきりもっと酷い言葉を浴びせられて傷ついてんだと思ってたのに。



(あ〜あ、オレの顔弛みっぱなしだ。嬉しいことばっかり言ってくれちゃってもぉ〜)



小エビちゃんといると表情筋が機能しなくなるからいけないね。アズールとジェイドに見られたら、絶対にからかわれるだろうなぁ。



「好きな子からちゅーされたら嬉しいに決まってんじゃん」


『………え?』


「「え?」ってなぁに? 嫌がると思ってたの?」


『だ、だっていきなりしたから……』


「ん〜、確かにねぇ」


『……っ、ごめんなさ』


「ちゅーしてる時、小エビちゃんの顔見れなかったし?」


『……ぇ……?』


「だから……」



今度はオレから。



『……っ!』



触れるだけ。

でも、さっきより長く触れ合うキスをして離れると、また小エビちゃんの目に涙が溜まってきた。



「なんで泣いちゃうのぉ?」


『……だって……っ』


「ん〜?」


『…………っ……』


「?」


『……すき…………大好き、です』



彼女の紅潮した頬にツゥッと涙が伝う。それを見て、ドクッとオレの心臓が大きく脈打った。

恥じらうような、嬉しそうな微笑みでそんなこと言われたら……



『……? せん……っ!?』



ごめんね、小エビちゃん。
オレ、もう限界だ。



『……んんっ、……む、……は……ぁ……っ』


「……ん………はっ……」



今度は深くて長いキス。

唇を押し付けて、小エビちゃんの小さな後頭部を押さえる。逃がさないようにぎゅうっと抱き締めて密着すると、苦しかったのか酸素を求めて口が開いた。

少し躊躇ったけど、舌を伸ばして小エビちゃんの口内へと侵入する。ピクッと身体で反応した彼女は、驚きつつもそれに応えようと同じように絡めてくれた。

互いの唾液が混ざって、くちゅくちゅという音が耳につく。時折漏れる彼女の声が、オレの中の欲望を刺激して止まらない。

歯を立てないように、小エビちゃんの柔らかい舌を吸い出し唇で優しく食む。



『ぁ……んぅ……っ』


(ヤバぁい……もっと欲しくなる……)



気づけば小エビちゃんの身体の力は抜け、ベッドに押し倒していた。ゆっくりと唇を離すと、オレと彼女を銀の糸が繋ぐ。

胸を上下させる小エビちゃんの、とろんと溶けたような瞳と、しっとりと濡れた半開きの唇が可愛らしい。柔らかなそれを舐めると、彼女は恥ずかしそうに目を瞑った。



「かぁわいいねぇ……」


『ぅ……』


「オレぇ、さっき小エビちゃんにキスされたの嬉しかったよ」


『ほん……と、に?』


「うん。小エビちゃんの気持ちもわかったしね〜。自分からキスしてオレに応えようとしてくれて、嬉しいに決まってんじゃん。わざわざベッド使って背伸びまでしてくれてさぁ」


『う……』


「ホント……、オレの理性どうにかなっちゃうんだけど。どうしてくれんの?」



それくらい小エビちゃんは魅力的な女の子なんだよ?
もっと自信持って良いし、頼ってくれて良いんだよ?

小エビちゃんの頬に手を添えて、親指で涙を拭う。キラキラしたその雫は、彼女の笑顔のように暖かかった。