‐ユノside‐



「デートしたい」


「「ぶふっ!?」」



ある日のお昼休み。
いつものメンバーで、いつものように学食でのんびりとご飯を食べていたところ。いつも通り、今となっては当然のように私の隣に現れたリーチ兄弟ことフロイド先輩とジェイド先輩。

話の脈略もなく突拍子もないフロイド先輩の発言に、エースとデュースは揃って口の中のものを吹き出した。



「なぁんでカニちゃんとサバちゃんが反応すんのぉ? つか汚ぇ」


「フロイド先輩がこんなとこでデートしたいとか言うからでしょ!」


「いーじゃん、隣に小エビちゃんいんだからさぁ」



私への誘いなのだから、二人は関係ないだろうと言うフロイド先輩。
間違ってはいないけれど、時と場所は選ぶべきでは? ここには他寮の生徒だっているのに……。

なんて、言ったところで気分屋の彼が応じるとは思えない。ジェイド先輩に目をやれば、彼は彼で面白そうに笑っている。私も彼の機嫌は損ねたくないので、場所に関してはスルーすることにした。



「ねぇ、小エビちゃん? オレ小エビちゃんとお出掛けしたぁい」


『お出掛け……って、どこにです?』


「ん〜、学校の外? 街とか行ったことないでしょ?」


『そうですね……』



この世界に来て、自ら出掛けたことは一度も無い。学校以外に行ったことがあるのは、シャンデリア用の魔法石を取りに行ったドワーフ鉱山と、アズール先輩に頼まれて写真を取りに行ったアトランティカ記念博物館だけ。

生活用品の買い物は全てサムさんの購買で済ませられるし、わざわざ学園の敷地外に出るという選択肢はなかった。



「オレら付き合ってから部屋の行き来しかしてねーじゃん? たまにはお出掛けしよーよ」



にこっと柔らかい笑みを向けられて心臓が高鳴る。

奥歯を噛み締めていないと嬉しさが表情に出てしまいそうだ。ここは学校。ポーカーフェイスを通さねばと、なんとか自分に言い聞かせる。



「小エビちゃんはお出掛けすんのイヤ?」


『……お出掛けはしたい、です、けど』


「けどぉ?」


『私に外出の許可はおりないかと。ユウも学外には出たこと無いですし……』


『だなぁ。俺でも移動して良いのは学園内だけって言われてますから。ユノを連れ出すのは問答無用でダメだと思いますよ』


「えぇ〜、まぁた学園長の我が儘ぁ?」


『『我が儘……』』



我が儘なのか、あれは?

一応、異世界人を匿ってくださっているわけだし、未成年の私たちを保護している立場にあるわけだから、なるべく学園長の言う通りにすべきだと思うのだけれど。

見るからにご機嫌斜めになったフロイド先輩は、ギザ歯を剥き出しにして肉を頬張る。エースとデュース、グリムまでもが冷や汗を垂らして視線をそらす中、ジェイド先輩は一言。



「お二人でダメ元で学園長に交渉なさっては如何です? 何か条件があれば可能かもしれませんよ」



なんて、アドバイスになっているのかわからないことを言って紅茶を嗜んでいる。

結局、放課後に学園長のところに行こうという話になって、昼休みを終えた。



* * *



「ダメです! ユノクンの学園外への外出は認められません!」


(やっぱり……)




放課後のチャイムが鳴るや否や、私のクラスに駆け込んできたフロイド先輩に手を引かれてやってきた学園長室。先輩が開口一番に外出許可をくれと申し出ると、当然の如く腕で罰を作ってダメ出しされてしまった。



「いーじゃん! 学園長のケチ!」


「ケチではありません! 身元不明の異世界人を外に彷徨かせられるわけがないでしょう!」


「人間ってことに変わりはねーじゃん。外には魔法使えない人間だっているしぃ、オレがついてんだから小エビちゃんに怪我なんてさせねーし」


「それも心配の原因なんですけどねぇ……」


「あ゛?」


「いえ、なんでも。とにかく! ダメなものはダメです!」



ダメの一点張り。やはり私が外に出るのは難しそうだ。



『フロイド先輩。私は先輩と過ごせるならお部屋だけでも充分ですよ』



こうして行動を起こしてくれるだけでも、私にとっては嬉しいことだ。それだけ私とのお出掛けを楽しみに考えてくれているということなのだから。一緒に出掛けられないのは残念だけれど、時間を共有する手段はほかにもある。場所なんてどこでも良いのだ。

すると、フロイド先輩は学園長に背を向け、来たとき同様に私の手を握って扉へと向かう。

諦めてくれたのだろうか? 大暴れされなくて良かったと、後ろで学園長がほっと息を吐いたけれど、果たしてそうだろうか。
私の知る彼は、こんなにもアッサリ身を引く人ではない。



「あ〜あ。小エビちゃんは学園長の観賞魚かよ。可哀想にねぇ」


「…………は?」


(わぁ……)



まさに一触即発。
ピシャンッと雷が落ちるような音が聞こえた気がする。くるっと振り返った彼のなんと楽しそうなことか。

可哀想に、よしよしなんて言いながら、彼は私を抱き締めて頭を撫でる。目上の人に対して神経を逆撫でする挑発ができるのは、恐らくこの人だけだろう。

いやでも学園長だってこんな挑発に乗るような人では……



「……良いでしょう」


『え……?』


「君がそこまで言うのなら私にも考えがあります。普段のユノクンの勤勉さに免じて、今回だけ! 特別に! ユノクンの外出を許可して差し上げますよ。私、優しいので!」


「やったぁ! 良かったねぇ、小エビちゃん」


「ただし!」


「『?』」










『“ユウも観賞魚ではないので一緒に連れて行ってあげなさい。一人で二人を守るのは大変だろうから、ジェイド先輩とアズール先輩にも同行してもらいなさい”。とのことでした』

「あ゛ぁあああ!! 学園長の意地悪!! これじゃデートじゃねーじゃん!!!!」

「フロイド……、もう少し交渉の仕方があったでしょう」

「だぁって学園長ダメダメばっかで話聞いてくんないんだもん。オレは小エビちゃんと二人きりでデートしたいのにさぁ」

「やれやれ……」

「てことで、外に出たら別行動しよーね、小エビちゃん。アズールとジェイドは小エビくんのことお願いね〜」

「ふふっ、わかりました」

「まったく……。来月のシフト増やしますからね」

「はぁい」

(それで良いんだ……)