‐ユノside‐
デート当日。
グリムはエースたちに預かってもらい、私とユウは待ち合わせ場所の校門前へと向かった。
「あ! 双子エビちゃんおっはよ〜!」
『『おはようございます』』
先に待っていた先輩たちも、休日だからラフな私服で来ている。フロイド先輩の私服はよく見ていたけれど、アズール先輩とジェイド先輩の私服姿はなんだか新鮮だ。
「今日は夜まで天気も良いですし、絶好のデート日和ですね」
『はい。晴れて良かったです』
「ちょっとジェイドぉ、デートすんのオレと小エビちゃんだからね?」
「ふふっ、わかっていますよ」
「こんなところで嫉妬しなくても良いでしょうに」
『あはは。ユノ愛されてんなぁ』
『茶化さないでよ』
校門にいる管理人さんに外出許可証を見せ、街までは五人一緒に向かう。
学園長から勝手に同伴者として選ばれてしまった先輩方は、モストロ・ラウンジ用の食材選びやら新メニューの案出しのために、カフェの視察をしたいらしい。元から外出する予定ではあったようだ。
そこにユウというおまけが付いてしまったが、負担に感じている様子は無い。
「ユノさんはフロイドに会いによくオクタヴィネルに来ますけれど、普段ユウさんと雑談する機会はそうありませんでしたからね。これを機に親睦を深めるのも悪くありません」
『はは……。アズール先輩が言うとなんか怖いッス』
「おやおや。アズールも僕もとって食べたりはしませんから、ご安心を」
『あー……、お手柔らかにお願いします』
苦笑する片割れに心の中で謝っておいた。でも人見知りもしないユウならば、分け隔てなく仲良くなれる力があるし大丈夫だろう。
* * *
「じゃ! オレたち先行くね〜! じっとしててね〜、小エビちゃん」
『え……?』
街に着くと、早速別行動しようとフロイド先輩に抱き上げられ、あっという間に三人の姿も見えなくなってしまった。
アズール先輩が「十八時に同じ場所に来るんですよ!」と叫んでいたのが辛うじて聞こえたけれど、フロイド先輩の耳に入ったかどうか……。
(帰りに合流できれば良いか……)
「まずはぁ、服買いに行こ! んで、それ着て一緒に歩こーね」
『はい』
私の服は今日もシンプルなもので纏まっている。
モデル代理のお疲れ様会の時に、私物事情を話したからだろう。デートらしい服装を持ち合わせていないのも、フロイド先輩にはバレている。あの日、彼は「服を買ってあげる」と言っていたし、有言実行する気満々のようだ。
買って頂けるのは申し訳なくもあり、嬉しくもある。彼女としてはちゃんと自分でコーディネートした服で彼の隣を歩きたかったけれど、現実はそれすらもできない環境にある。お金がないことがこんなに不便だとは……。
ここは素直に甘えさせてもらおうと割り切り、デートを思う存分に楽しむことにした。
「はい。ユノちゃん、手」
『……!』
人目の無い場所で身体を下ろされ、手を差し出しながら名前で呼ばれてドキッとする。
そうか。
デートだから先輩と後輩じゃないのか。
「お返事は?」
『……はい、フロイドさん』
「ん。いーこ」
満足気に笑った彼と指を絡める。
いつもはどちらかの部屋で過ごしている時間帯。場所が街になっただけなのに、どうしてこんなにもドキドキするのだろう。名前だって二人の時は呼び合っているのに。学園の外に出ただけで彼の存在を意識して緊張するなんて、なんだか不思議な気分だ。
歩幅を合わせて歩いてくれるフロイドさんに感謝しながら、私は彼と繋ぐ手をきゅっと握った。
* * *
フェミニンからカジュアルまで様々な服が揃うブティックを、フロイドさんと共に物色しながら奥へ奥へと進んでいく。
「ユノちゃんはどんな服が好き?」
『えっと……。こう言うと引かれるかもしれませんけど、あんまり服装に拘ったことは無いんです……』
「あはっ、そんな気はしてた。ブランドとか興味なさそ〜」
『当たりです』
元の世界でも、ブランドなんて世界的に有名な名前とマークしか覚えていない。そんなに高級なものじゃなくても、実用性があれば安いもので揃えてしまっていた。異世界のブランドなんてそもそも知らないからわからない。
フロイドさんもそういうのは気にしていなさそうだけれど、お金が貯まった時にでも一つくらい手を出してみても良いのかもしれない。
ブランド物はさておき。早く今日着る服を選ばなければ、あっという間に夕方になってしまう。
でも、いざこうして沢山の服に囲まれると、どれが自分に似合うのかさっぱりわからない。それに、似合ったとしても彼の好みに合うかどうか……。
『……フロイドさん』
「ん〜?」
『フロイドさんは、どんな服がお好みですか?』
わからないなら聞いてしまえ。本人がここにいるのだから。
恥を捨てて訊ねると、彼はきょとんと呆けた後に悪戯な笑みを浮かべた。
「……え〜、なぁにユノちゃん? オレ好みの服が良いのぉ?」
『そりゃあ……。どうせならフロイドさんの好みで、隣に立って恥ずかしくない格好が良いなぁ、と……』
「……っ、もぉおお! そんな可愛いことで悩まないでよ可愛いなぁ!!」
『ふ、フロイドさんっ、声大きい……っ』
ぎぅぅぅっと抱き締められて顔に熱が集まる。学園では日常茶飯事のスキンシップも、街中でされると人目が気になってしまうものだ。案の定、近くにいたおば様方に「若いって良いわねぇ」なんて微笑まれてしまった。恥ずかしい。
そんな私の心情など露知らず、フロイドさんはご機嫌な様子で服選びに戻った。
「んふふ〜、じゃあ今日はオレがコーディネートしたげるねぇ。ユノちゃんに似合う服で〜、オレが好きな格好にすっから」
『はい。お願いします』
* * *
どんな服が選ばれたのかとドキドキワクワクしながら試着し、鏡で見た自分の姿に驚いた。
ボウタイリボンのついた水色のブラウスに、ベージュでレース付のフレアスカート。アウターは、ネイビーのシャツジャケットといった、なかなか自分では選ばないようなコーディネートだ。可愛さもありつつ上品な色合いで大人っぽくも見える。
サイズがぴったりだったのは気にしないでおこう。
『どうでしょう?』
「ちょー可愛い!! オレ天才! ユノちゃんマジ癒し!!」
絶賛してくれるフロイドさんは流れるように会計を済ませてしまい、じゃあ次は靴屋に行こうと再び手を繋いだ。
* * *
「ユノちゃんはヒールって履いたことある?」
『高くても3cmくらいまでしか履いたことないです』
「じゃあそこまで高くない方がいっかなー。歩くの疲れちゃうもんね」
なんて、足元にまで配慮してくれるフロイドさんのなんと優しいことか。これが普段、男子たちを怯えさせている海のギャングだと誰が思うだろう。あまりにも優しい彼に、私は終始夢見心地だ。
ここで選んでくれたのはブラウンの編み上げショートブーツ。ヒールが高くない分厚底になっていて、履いてみると少しだけフロイドさんに近づいた気がした。彼の方が当然大きいけれど。
履き心地も抜群で、フロイドさんはまたしてもサクッと会計を済ませてしまった。
その後、休憩スペースに座らされると髪のリボンをほどかれ、左サイドの編み込みスタイルにアレンジされた。どこでこんな可愛い編み方を覚えたんだか……。
一つ年上の男性とは思えないくらい大人な対応。いつもの子供っぽい無邪気な彼とのギャップに、私の心臓はずっと忙しなく早鐘を打っていた。
「よし! 準備おっけー! 似合ってるよぉ、ユノちゃん」
『ありがとうございます』