‐ユノside‐



「じゃ、ここからがデート本番!」



全身フロイドさん好みにコーディネートされ、ご満悦の彼に私も頬が緩む。されるがままだったけれど、着せ替え人形になったようで少し楽しかった。


どこに行こうか決めていたわけでもなく、ブラブラと歩きながら気になるものを見つけては立ち止まる。元の世界にはない物も当然多く、あれはこれはとフロイドさんに訊ねては彼の丁寧な説明に耳を傾けた。



『このガラスの小物、可愛い』


「あはっ! ユノちゃんも目ぇキラッキラでかぁわい〜。いつになく興味津々じゃん」


『面白いものいっぱいで、つい……。フロイドさん、つまらなくないですか?』


「ぜ〜んぜん! ユノちゃん見てんのめっちゃ楽しいよぉ」


(それなら良かったけど、ずっと見られてるのは恥ずかしい……)



目新しいものばかりで、立ち並ぶ建物の外観さえも新鮮で。本当に私のいた世界とは違うんだなぁと、改めて実感する。だからって、帰りたいとか寂しいとかいう感情は、私には浮いてこないのだけれど。



* * *



小腹が空き、屋台でクレープを買って広い公園のベンチに二人並んで座った。
噴水や遊具の周りには、子供連れの人が疎らに遊んでいる様子が見られ、楽しそうな笑い声が耳に心地よく響いてくる。



「ユノちゃんのクレープは何味?」


『ストロベリー&ショコラに、チョコレートアイスとチョコスプレートッピングです』


「ぷはっ! すっげぇチョコ尽くし。ほんとチョコレート大好きだねぇ」


『チョコは私の動力源です。今日はいっぱい歩きますし、バテないために必要不可欠でしょう?』


「ククッ、なるほどぉ」


『フロイドさんのは?』


「オレはぁ、ツナサラダに蒸しエビと茹でたまごトッピング」


『ふふっ、グリムが好きそう』


「あはっ! アザラシちゃんのお土産にはしないけどねぇ」



喋りながらクレープを一口齧る。イチゴのつぶつぶ食感と甘酸っぱさ、冷たいチョコレートアイスの甘さがモチモチの皮に包まれていて、とても美味しい。

クレープなんて食べたのはいつ以来だろう。もう少し余裕ができたら、ユウとグリムにもおやつに作ってあげよう。



「あ。ねぇねぇユノちゃん、一口交換しよぉ」


『はい、どうぞ』



交換して、フロイドさんが食べた上をハムッと噛る。シャキシャキのレタスとプリプリのエビ、まろやかなたまごとツナマヨが食欲を注いで、こっちも凄く美味しい。

ふと齧った跡を見て、二倍以上ある一口の大きさに笑みが溢れた。



(フロイドさん、身長も手も歯形も全部大きい……)


「今気づいたけどさぁ」


『……?』


「コレ間接ちゅーだねぇ」


『っ、けほ……っ!』



思わず蒸せてしまった。クレープは無事だけれど、食べてる最中にそういうこと言わないでほしい。

見れば、フロイドさんが持つチョコクレープには、私の最初の一口の跡がなくなっている。



「ユノちゃんの噛み跡はオレが食べちゃったぁ」


『い、言わないでください……』


「ユノちゃんは全部ちっちゃくて可愛いねぇ」


(貴方が大き過ぎるんです……)



顔が熱い。僅かに頬を染めてニヤッとした彼の顔は、どう見ても確信犯のそれだ。
悔しくてムッとしたけれど、私ばかりが照れさせられるのは癪だし、彼がその気なら私も意地悪してやろう。

ということで、目についた彼の口元に手を伸ばし、拭った指を自分の口に含んで舐めた。



「な……っ!?」


『ふふっ。ごちそうさまです』


「ちょっと! こんなことどこで覚えてきたの!?」


『美味しそうだったから食べただけです。フロイドさんのチョコレート、凄く甘くて美味しい』


「もぉおおおッ! ユノちゃんのバカ! こーゆーのオレ以外にやっちゃダメだかんね!?」


『もちろん。フロイドさんにしかやりませんよ』



ああ恥ずかしい。お互いに真っ赤な顔して照れ合戦。最後には甘いキスをされて笑い合った。

ここにアズール先輩たちがいなくて良かった。絶対に呆れられるし、ジェイド先輩とユウにはおやおやと微笑まれてしまうだろう。

今なら近くに人もいないから良いやと開き直り、今だからできる二人だけの時間を楽しんだ。



* * *



お腹も満たされたところでまた手を繋いで歩き、今度はフロイドさんが見たいというジュエリーショップに入った。
珊瑚やヒトデなど、海のものがモチーフとなった様々なアクセサリーが、照明によってキラキラと輝いている。



『どれも綺麗ですね。細工も凄く凝ってる』


「このお店はオレとジェイドのお気に入りなんだぁ。ユノちゃんも何かアクセサリーつけるぅ?」


『興味はあります。あ、でも……』


「ん?」


『フロイドさんといる時にしか、つけられませんね』



学園でアクセサリーは禁止されてはいないけれど、私が身につけたら「目立つ!」と学園長に怒られるだろう。
つけるなら休日。それも、彼と一緒にいる時に限定される。



「もぉ〜、ユノちゃん気にしすぎじゃね? 学園長の言うことばっか聞かなくていーんだよ?」


『自分でもわかってるんですけどね。でも、卒業までの四年間を我慢すれば良いだけだから』



卒業するまで、この世界に留まれるのかはわからないけれど。

帰れるのか帰れないのか、行き来できるのかさえわかれば、この不安定な状況ももう少し安心して過ごせるのに。地に足がついていないような現状が引っ掛かって、「良いよ」と言われてもなかなか行動に起こせなかった。 

そんな心情を悟ってくれたのか、フロイドさんは私の頭にポンッと手を乗せて柔らかく笑ってくれた。



「……そっか。じゃあオレといる時だけ何かつけてほしいなぁ」


『良いですよ。何にしようかな……。やっぱりピアスとか?』


「あー……、ピアスはヤダ」


『え?』



ヤダ?

フロイドさんがつけているような青い鱗のピアスは、動く度にシャラシャラと揺れて綺麗だなぁと思ったのだけれど。

すると、彼はムスッとした顔をして私の耳元に口を寄せた。



「ユノちゃんの身体に穴開けんのはオレだけがいーの」


『……っ!?』



そっと首裏をなぞられてゾクッと背筋が粟立つ。そこはこの間、フロイドさんの印をつけてもらった場所だ。

簡単には治らない、深い噛み痕。心音に合わせてドクドクと血が流れていく感覚がする。



「わかった?」


『はぃ……』



肯定せざるを得ない。私の身体も、フロイドさんから与えられる痛みしか望んでいないのだから。



(そう思うとなんか変態っぽいな……)



ピアスの穴にさえも嫉妬しているフロイドさんも、ちょっと可愛いけれど。

それではピアス以外の何にしようかと、再度アクセサリー類を眺めていく。耳につけるならイヤリングかイヤーカフ。他にはブレスレットにバングル、ネックレスも魅力的だ。



『……あ』



壁にずらりと並ぶペンダント。その一番端にある、貝殻型のロケットペンダントに目がとまった。ターコイズブルーで装飾が施されたそれは、色合いからして人魚のフロイドさんの印象と同じだった。

蓋を開けると右側には写真を埋め込み、左側には彫刻でメッセージを刻めるらしい。



「それがいーの?」


『はい。一目惚れしました』


「ふーん。じゃあオレはその隣のやつ買お〜」



フロイドさんが手に取ったのは、同じデザインで装飾が瑠璃色のものだ。
ネクタイ同様、縛られる印象のものは嫌いだと思っていただけに、ペンダントを選ぶとは意外だ。

と、考えていたことを読んだのか、彼は少し口を尖らせた。



「お揃いのモンが欲しかったからいーの! ユノちゃんはオレとお揃いイヤ?」


『いいえ。嬉しいです』


「なら良かったぁ。この色、ユノちゃんが人魚になった時と同じ色だねぇ」


『ぇ……』


「んふふ〜、オレも一目惚れしちゃったぁ」



まさか選んだ理由まで一緒だとは……。
顔に熱が集中する。言われてみれば、私が人魚になった時の髪色は瑠璃色だったし、光の当たり具合によってこの装飾は鱗のように反射する。

嬉しそうに緩やかな弧を描くフロイドさんの口元。見つめてくる優しい眼差しに、私の心音が速まっていく。



「お決まりですか?」


『……! あ、はい』



危ない危ない。こんなところで彼に夢中になってしまうとは。

にこにこ笑顔の店員さんにはバレバレだけれど、なんとか平然を装う。
二つのペンダントを渡して、早速写真と彫刻を施してもらうことにした。










「メッセージ彫刻は何になさいますか?」

「ん〜とぉ、初デート記念とか?」

『それなら、今日の日付で良いんじゃないですか? 記念日ってことで』

「じゃあ日付とオレらのファーストネームにしよ!」

「畏まりました。お写真はありますか? 個人撮影でもツーショットでも大丈夫ですよ」

「ツーショットで同じの入れてください! 今撮りまぁす!」

『えっ!?』

「はい、ユノちゃん笑って笑って〜!」

(近い近い近い近い近い……っ!!)