‐ユウside‐



ユノとフロイド先輩のデートの同行者として学園長に選ばれた俺、アズール先輩、ジェイド先輩は、街に着くなりあの二人に置いてけぼりを食らった。



「十八時に同じ場所に来るんですよ!」



あっという間に小さくなっていくフロイド先輩の背中に、アズール先輩が大声で言う。果たしてフロイド先輩の耳に入ったかどうか……。ユノに聞こえていれば良いけれど。



「まったく……。フロイドにも困ったものですね」


「ユノさんがついていますし、大丈夫でしょう」



案の定というか、やはりというか。フロイド先輩のことだからわかってはいたけれど、行動が早すぎる。抱き上げられて抵抗もせず連れていかれた片割れのことは、心配しなくても大丈夫だろう。あれだけ明らさまに愛されているのだから。

十秒と経たずに見えなくなった二人に、俺と先輩たちはやれやれと肩を竦め、午前中はモストロ・ラウンジ用の食品リサーチをした。料理のできない俺はただくっついて歩くだけだし、できることと言えば荷物持ちくらい。



「わぁ、不思議な形の木の実ですね」


「これは生食はできず、火を通さなければ食べられないんですよ」


「僕らも海から上がって知った時は驚きました。海の中では火も使いませんからね」



俺を気遣ってか、雑談も交えて食材の知識なんかも細かく教えてくれる。
頭も良くて仕事もできて、この二人は本当に歳が一個違うだけの学生なんだろうか。サバ読んでる大人だろ、絶対。



* * *



一通りのリサーチを終えて、現在はカフェで軽めの軽食を摂っている。男三人でカフェってのもなんだかなぁって感じだけど。



「今頃あの二人は何をしているでしょうね」


「どうせ、フロイドがユノさんを連れ回しているでしょう」


『さぁ、わかりませんよ? 案外ユノが目新しい物を見つけて質問攻めしてるかも』


「ほぅ。学校とは真逆ですね」


『そりゃあそうですよ。いつもかなり我慢してますからね』



存在感を出さないようになんて言っても、ユノだって普通に生きてるんだから無茶振りにも程がある。縁あって協力してくれているエースとデュースにも感心されるくらい、普段のユノは口数も他人への興味も全部押し殺しているのだ。

今日くらい羽目を外してはしゃいだって、フロイド先輩も文句は言わないだろう。寧ろ楽しんでいそうだ。



「ユノさんの話も興味深いですが、僕は貴方の話もお聞きしたいですね。毎日猫かぶりしてるでしょう、ユウさん?」


『あはは。先輩たちにはユノの話で誤魔化そうとしても無駄ですね』



猫かぶりってほど偽ってるつもりは無いけれど、本心を隠して生活しているのはユノだけじゃない。



(俺のことを聞いたって、面白くも何ともないと思うけど)



この世界に来て、初めこそ異世界人だからとクラスでも興味の対象になって、魔法が使えないからと意地悪されることも多かった。
でもアズール先輩を始め、他の寮長たちともそれとなく会話できるようになってからは、それほど酷い悪戯をされることもなくなった。クラスメートともほどほどの距離感で接している。



(意図があんのか知らないけど、先輩たちからすっげぇ守られてるよなぁ……)



彼らの存在があるから、俺たちが平和に過ごせていると言っても過言ではない。特にユノはフロイド先輩という強い彼氏がいるし、先輩を恐れている奴らからはそう簡単に手は出されない。

じゃあ俺はというと、男だからなのか、エースとデュースも一緒にいるからか、初めからユノほどちょっかいをかけられることは無かった。


で、先輩たちは今更俺の何を聞き出そうというのか。知られて困ることは無いし時間もある。のんびり答えていこうとコーヒーに角砂糖を落とし、ゆっくりくるくるとかき混ぜた。



『何が知りたいんです?』


「そうですねぇ。では手始めに好きな料理は?」


『ぷはっ! フロイド先輩みたいなこと聞きますね』



まるでユノに興味を持ち始めた時のフロイド先輩のようだ。食べ物の好き嫌いを聞かれてたっけなぁ。

予想の斜め上をいく質問に我慢できず、声を出してケラケラと笑う。



「オンボロ寮では僕らの知らない料理を食べているのかなと、常々思っていましてね。モストロ・ラウンジでの新メニュー考案の参考になるものはないかと」


『ははっ、なるほど。確かに先輩たちの知らない料理もあるかもしれませんね。好きな料理は、ユノの手料理です。特に煮物とか味噌汁とか、家庭的な料理。俺は何も作れないんで』


「おや、そうだったんですか?」


『前にユノにお粥作ってやったら「二度とキッチンに立つな」って怒られました』


「それはそれは……」



おっかなかったなぁ。静かに冷たい目で睨んできて。ちょーっと焦がしちゃっただけなのに。あれ以来、キッチンに立つどころか食器も並べさせてくれないんだもん。家族からも何もするなって言われたし。そんな酷かったかなぁ?



「では、寮では毎日ユノさんがお食事を?」


『はい。ユノはご飯もお菓子も作るの上手いし、炊事洗濯は全部任せてます。その分、俺は掃除とかオンボロ寮の修理とか、力仕事をやってます。あと、ちょっとでも食費を浮かせるために野菜の栽培をしてるんです』



グリムのツナ缶代だって毎日食べるから安くはない。できる限り自給自足で生活できるように、野菜だけは育てようと決めたのだ。元の世界でも畑仕事は手伝っていたし、こんな所でその知識が役に立つとは思わなかった。

サムさんからも手頃な栽培キットを売ってもらい、ラギー先輩からも食べられる野草を教わることもある。その場合は夕食をご馳走する流れになるけれど、二人と一匹分以上の収穫があれば安いものだ。



「へぇ、そういった役割分担はしてたんですね」


『はい。なので、モストロ・ラウンジの従業員として雇うならユノをどうぞ! 俺は皿も満足に運べないから給仕も向きません!』


「ふふっ。胸を張って言える内容じゃないですよ、それ」



ジェイド先輩に笑われたけれど、自信を持って言える。俺に炊事は無理だ!

更に言うと、錬金術の授業も大の苦手。材料を計ってレシピ通りに混ぜるだけなのに、何故か別のものができあがる。その辺の授業はもう全てユノに任せることにして、俺は体力関係の授業に専念している。頭使うのはどうも苦手だ。

それはさておき、料理に関しては俺に聞いても無駄だ。申し訳なくそう伝えると、今度はジェイド先輩から質問が飛んできた。



「僕は陸の双子に興味があります。僕とフロイドは人魚の双子と言っても、母親の腹から二人で産まれたわけではありません。人間のユウさんたちとは感覚が違うでしょう」


『確かに、そうかもしれませんね』



先輩たちには、兄や弟といった概念は無いのだろう。初めて自己紹介した時にもお互いのことを“兄弟”と言っていたし。
パッと見では面倒見の良いジェイド先輩が兄のようにも見えるけれど、本人たちの感覚は違う筈だ。



「先に生まれ落ちたのは、ユウさんなんでしたっけ?」


『そうですよ。一応俺が兄、ユノが妹ってことになります。“一卵性双生児”って言ってわかりますか?』


「一卵性……。一つの受精卵が二つに分裂して生まれた双子……でしたか?」


『はい。その中でも俺たちみたいに異性の双子は稀らしくて、“異性一卵性双生児”って呼ばれるみたいです』


「ほぅ、それはまた興味深い」



今だから男女の対格差が出ているけれど、十歳くらいまでは入れ替わって遊べるくらいにそっくりだった。

兄妹といっても、産まれる時間がほんの少し違っただけ。周りから兄だ妹だと言われてきたからそう思って接しているけれど、俺たちの感覚は時には兄妹であり姉弟、親友という感じだ。



『事実上、同い年の兄妹ではあります。でも俺たちは得意分野が真逆だから、どっちが上っていうのはその時々によって変わるんですよ』



俺は運動が得意だけど、ユノは苦手。座学はその逆。ある意味バランスがとれているとも言えるのか、学園ではお互いにカバーし合って勉強している。

テスト対策の時なんかは、俺とグリム、エース、デュースを前にして、ユノに先生になってもらうことも多い。俺たちイツメンの中では一番真面目だから、その時だけは姉っぽい一面が出るのだ。



『得意不得意がある辺りは、ジェイド先輩たちも同じですかね?』


「そうですね。僕がキノコ好きなのに対して、フロイドがキノコ嫌いなのと同じでしょうか」


「それは単純に好き嫌いの問題でしょう」


『キノコと言えば、ユノも時々キノコ使った料理作りますよ。天ぷらとか、キノコご飯とか』


「本当ですか!? 是非ともご教示頂きたいです!」


『あははっ、スゲェ前のめりですね。伝えときます』



山が好きなジェイド先輩なら、ユノの料理も好みだろう。フロイド先輩がやきもち妬きそうだけど。

そんな知って得しないような雑談が一区切りした時、コーヒーを口にしたアズール先輩が静かに問う。



「お二人とも、故郷は恋しくないのですか?」



ざわめく店内の一角。俺たちのいる所だけがシンと静まり返った。俺への質問攻めで一番聞きたかった内容はコレだろう。



「気を悪くされたらすみません。突然、魔法の無い世界から異世界に飛ばされて、お二人とも最初こそ戸惑いも多かったと思います。ですが、今の貴方たちを見ていると、“帰りたい”という欲求は無いように見えるもので」



さすがアズール先輩。鋭い観察眼だ。それにこうしている間も、ジェイド先輩が静かに俺を見定めるような視線を寄越してくる。

十中八九、この質問はフロイド先輩と付き合うユノに対する懸念も含まれている。
いつか異世界へと帰ってしまわないか。その時にフロイド先輩のことはどうするのか。

片割れであり友人である彼らだからこそ、その“いつか”を心配しているのだろう。



『……アズール先輩の言う通り、俺もユノも、帰りたいと思っていません』


「理由をお聞きしても?」


『この世界が面白いから』



魔法なんて非科学的な文化があることも。今の学園生活も。元の世界での日常より何倍も楽しい。

文字の読み書きすらできずに途方に暮れることがあっても、周りのみんなが丁寧に教えてくれる。意地悪い部分が玉に瑕だけど、最終的には笑って終わるんだから愛嬌と思えば可愛いもんだ。

だからって、元の世界がつまらなかったわけではない。仲の良い両親や二人の仕事仲間にも良くしてもらっていたし、それなりに楽しい毎日を送っていた。



(ある意味、普通の高校生とは思えない非日常ではあったんだよなぁ)



異世界に飛ばされても然程驚かなかったのは、両親の仕事が特殊だったからだろう。魔法の無い世界だけど、そういった不思議な力が全く無い世界ではなかった。

でも、やはり生まれたときから不思議な力に触れていると、新しいものに目移りするのは自然なことだろう。



『折角、異世界転移なんて珍しい体験をしているのに、自分から元の世界に戻るなんて勿体無いでしょう?』


「それは一理ありますね。しかし、元の世界のご親族やご友人は宜しいので?」


『ここに来る直前のことは覚えていませんけど、きっと大丈夫です。父も母も心配はしてくれてるでしょうが、かなり肝の据わった落ち着いた人たちですし』



特に母は仕事仲間の間でも極秘任務を任される程に強い力を持っている。そんな母が俺たちの異常事態に気づかないわけがないし、きっと向こうでも異世界に渡る方法を探している筈だ。



(みんな元気かなぁ)



俺たちにとってはごくごく普通の一般家庭で、父と母、その仲間たち大勢と普通に暮らしていた。みんな俺たちのことを愛してくれていたし、俺たちもみんなが好きだった。突然離れ離れになったことに寂しく感じることもあるが、いずれまた会えると信じている。



『この世界での日常も、俺たちにとってはもう捨てがたいものなんですよ。捨てるくらいなら、俺たちは元の世界に戻れなくても良い。何の前触れも無く突然戻っちゃったら、この世界に来る方法を探してまた来るつもりです』


「ふはっ、なんとも逞しい発想ですね」



安心しましたと笑いながら、ジェイド先輩はコーヒーを啜る。それならよかったと俺もふっと息を吐いた。


あんなにも楽しそうにフロイド先輩と話すユノは、俺も初めて見た。母に似て感情表現が豊かじゃないからなぁ。

ユノの顔が強張っていた日々にまた戻ってしまわないように、できることならば一生この世界に留まれたらと願わずにはいられなかった。










「さて、そろそろまたリサーチしに行きましょうか」

『はーい』