‐ユノside‐



モストロ・ラウンジでの勉強会。勉強中は普通に集中してポーカーフェイスで乗り切ったのに、最後の最後で頬が緩んでしまった。あんな私好みそのものな手作りケーキを出されては、嬉しくて綻んでしまうに決まっている。

あまり顔に出すとからかわれるから、ユウ以外の人といる時は我慢しているのに。フロイド先輩とジェイド先輩がそういう人じゃなくて良かった。

あの気分屋なフロイド先輩の気遣いが嬉しくて、無意識に素の表情が出てしまうとは……。食べ物の好みは伝えていたけれど、それを実行してくれる人なんて今までいなかったのに。同時に、早鐘を打つ心臓を悟らせないようにするのに必死になるなんて、初めてのそれに凄く戸惑った。


帰宅が遅くなってユウには心配されてしまったけれど、フロイド先輩に送って頂いたからか、ちょっとだけ安心してくれた。



『こりゃエースたちの言った通りになりそうだ……』



なんて、よくわからないことを呟いて苦笑しながら。



* * *



あれから一週間。
勉強会のお蔭もあって、今日の魔法史の小テストも殆どが理解できた。

今は四限目。飛行術の授業。
私とユウは当然空を飛べないため、準備体操が終わったらグラウンドを走る。バルガス先生からは、休憩も挟みつつ自分のペースで走って良いと言われている。運動が苦手な私にはとても有難いことだ。

チャイムが鳴って授業が終わると、箒を片付けたエースたちと合流して校内に戻った。

今日のお昼は何を食べようか。そんなことを考えながら自分の下駄箱を開ける。



『……ん?』


『どした、ユノ?』



下駄箱から何かがヒラリと落ちていった。それは薄い封筒で、拾い上げて確認してみると私宛になっている。



『なんだそれ? 手紙?』


『そうみたい』


「ラブレターじゃね!? ヒュー! ユノちゃんてばモッテモテ〜!」


「エース……」



茶化してくるエースはさておき、ひとまず靴を履き替えて教室に戻った。

ジャージから制服に着替え、何故か私よりソワソワしているみんなに促されて封筒を開ける。中身を確認してみると、ノートを半ページ切り破った紙が一枚だけ入っていた。



『…………』


「何て書いてあるんだ?」


『……放課後に校舎裏の池の前に来てほしいって』


「典型的な告白パターンじゃん。誰から?」


『…………書いてない』


『怪しくね?』



封筒にも手紙にも、どこにも差出人の名前はおろかクラスさえも見当たらない。

学園でこんな手紙を受け取ること自体初めてだし、くれるような人だって思い当たらないのだけど……。



「フロイド先輩は? 最近よく来るじゃん」


『筆跡が違うし、そもそもこういうことする人じゃないと思う』


「確かに……」



勉強会の時に先輩が書いてくれた文字は、左利き特有の右に擦れた跡が残っていた。でもこの手紙にはそういった跡は無く、筆圧も強めで独特な斜体が掛かっている。
フロイド先輩でもなければ、知っている人物にこの文字を書く人はいないと思う。



「なぁにぃ? オレの話?」


「のわっ!? フロイド先輩!」



噂をすればなんとやら。まさか名前を出してすぐに本人がやって来るとは誰も思うまい。

へらりと笑うフロイド先輩は、最近学食を一緒にすることが増えたせいか、よく私のクラスにも遊びに来る。その度にエースたちは身体を強張らせているけれど、本人は至って気にしていない。

私にチョコレートを恵んでは、食べる様子を眺めて満足してから帰っていくのだ。
何が面白いのかはわからないけれど、今のフロイド先輩ブームなのだろうと放っておいている。



「小エビちゃん、なぁにそれ?」



私の持っていた手紙が話のタネだと察したらしい。隠す必要も無いかと思い、みんなにも見えるように机の上に広げて見せた。



『さっき下駄箱に入っていました。呼び出しの手紙です』


「絶対告白ッスよね!」


『そうかな……。指でも詰められるんじゃ……』


「物騒な想像すんじゃねぇんだゾ!!」


『だってここ男子校だし……』


「言われてみれば……僕もそんな気がしてきた」


「いや、デュースまで何言ってんの」


「ふぅん……」


『先輩?』



手紙をじっと眺めていたフロイド先輩は、いつものにんまり顔をやめて目を細めた。
何を考えているのかわからないけれど、いつになく真剣な様子にエースたちも口を閉ざす。



「……小エビちゃんは行くの?」



やがて、フロイド先輩は私に視線を移してそう問いかけてきた。

先輩がどう思うかはわからないけれど、差出人不明の呼び出しで、相手は男子。仮に告白だったとしても私の交遊関係でこんな手紙を送ってくる相手は一人もいない。



『……行きません』


「え! まじで!?」


『だって怪しいもの。学園じゃ殆どこのメンバーでいるわけだし……。多少会話したことのある人もいるけど、好意を持たれるようなことした覚えは無い』


「あはっ、そっかぁ」


『絶対指詰められる』


「だからその考えはやめろって!」


『はは。でも俺も行かない方が良いと思う。第一、差出人が不明じゃなぁ。兄妹としてもめっちゃ心配』


「……ユウのシスコン」


『うるせ』



差出人には悪いけれど、名前も明かせない人の手紙に応じるつもりは毛頭無い。
知らない人との密会なんて真っ平御免だ。

手紙を封筒にしまい鞄にでも入れておこうかとすると、横から手が伸びてきた。



「小エビちゃん、この手紙オレにちょ〜だい」


『え?』


「ええ!? まさかフロイド先輩が行くんスか!?」


「は? 何言ってんの、カニちゃん。行くわけないじゃん、気色悪い」


「で、ですよね……スンマセン」


「良〜い? 小エビちゃん」


『はあ……どうぞ』



持っていても仕方のない物だ。

手紙を何に使うのかは知らないけれど、有無を言わせないような先輩のオッドアイに何かがあるのだと思い、そのままフロイド先輩の手に預けた。

先輩は手紙をくしゃっとポケットに突っ込むと、ニィッとギザギザした歯を見せて笑い、私の手を引いていく。



「ありがとぉ、小エビちゃん。じゃ! ご飯行こ〜」


『はい』



さっきまでの雰囲気はどこへやら。いつもの調子に戻ったフロイド先輩に何故かほっと安堵し、手を引かれるがままに食堂へ向かった。










「……よりによってフロイド先輩に渡しちゃって大丈夫なのか?」

「さあ?」

「オレ様、知らねぇんだゾ」

『あはは……』