‐ユノside‐
あの手紙を貰った翌日。一限目を終えた私は、机に肘をついていつになくイライラしていた。
というのも、何故だかわからないけれど、昨夜は眠気はあるのに全く寝付けなかったのだ。睡眠薬も効果を発揮しないし、読書で目を疲れさせようとしても瞼は落ちるから読みようが無い。
眠気は充分。なのに眠れない。
なぜ?
『はぁぁぁ……』
「……な、なぁユウ、グリム。ユノどしたの?」
「めちゃくちゃ機嫌悪いな。隈も酷いし」
『あぁ〜……。なんか昨夜ぜんぜん眠れなかったみたいで……』
「今朝からずっとこんな調子なんだゾ」
『……眠い。ユウ、肩』
『あ、はいはい』
休憩時間はあと五分。何もしないよりはマシだと思い、ユウの肩に頭を乗せて目を瞑った。
しかし、仮眠をとるにも教室のざわめきが耳につく。男子たちの元気いっぱいにはしゃぐ声の中で眠れるわけもない。
一瞬でも意識を飛ばしたいのに、全くその気配は無い。眉間に皺が寄っているのが自分でもわかる。
『………………無理』
「そりゃそうだろ」
『ユノ、保健室行くか?』
『次テストでしょ。がんばる』
私たちの成績は特殊で、私とユウとグリムの総合評価となっている。グリムが脱走する時はユウに捕まえてもらい、その間に私が授業態度と成績を補う。
それでも前期は十段階評価でギリギリオール五。どちらかといえば、授業態度と期末テスト結果のせいで四に近いのだ。これ以上落とすのはまずい。
ユウの肩から頭を上げたところでチャイムが鳴り、クルーウェル先生が教壇に立つ。寝ぼけ眼で授業を受けようものなら、たちまち駄犬の烙印を押されてしまう。それだけは避けなければ。
私は半ばやけくそになってテストの答案用紙を埋め、他の授業は手の甲をつねったりペンで刺激して眠気を飛ばした。
(きっつ……)
* * *
「どうしたの小エビちゃん!? その手!」
いつも通り学食でお昼ご飯を食べていると、フロイド先輩とジェイド先輩がやってきた。私の手を見たフロイド先輩の第一声がこれである。
驚くのも無理もない。何せボールペンを刺しまくったせいで、手の甲全体が点々と斑模様になっているのだから。
やっと午前中を乗り切ったものの、授業内容はほぼ頭に入っていない。今思えば、テストも何を記入したか曖昧だ。
更に今日は不運なことに全て座学。最悪過ぎる。
「随分と顔色が優れないようですね。昨夜眠れなかったのですか?」
『眠いのに眠れませんでした……』
「小エビちゃん、体調不良っつって保健室で寝ちゃえば良くね?」
『それは嫌です。ただでさえ午前中何したかうろ覚えなのに……』
欠席して単位落とすなんて絶対嫌だ。眠れないのだから授業中に居眠りすることは無い。それがせめてもの救いだった。
『それに、眠りたくても眠れないんですよ。睡眠薬も飲んだのに……』
たまに薬で眠ることはあるけれど、市販の薬で効かないのは初めてだ。
食欲もそんなになく、大好物のオムライスはやめて、サラダと野菜スープだけをなんとか胃に流し込む。何も食べないよりは良いだろう。
空になったカップとスプーンを置いて、徐に胸ポケットからボールペンを取り出す。カチッと押して芯を出し、左手の甲に刺そうとするとエースに取り上げられた。
『…………』
「いや睨むなって! それ以上やったら傷になっちまうだろ」
『良いよ別に。眠気覚ましに痛みを……』
「だからってボールペンで刺さなくても……」
『……じゃあいい。フォークでやる』
「やめい!!」
フォークもトレーごと取り上げられた。
食べ終わってるから良いけれど。でもこのままだと無意識に何をしでかすかわからない。
『もうやだ……つらい……』
眠い。寝たい。眠れない。
どうしたら良いのかわからない。さっきまでのイライラを通り越して、もう何もやる気になれない。情緒不安定で迷惑をかけるのも嫌だ。
『八つ当たりしたらごめんなさい……』
「……なんか俺が悪いことしてる気になってくるんだけど。いや、でもフォークはダメだよな」
「こんな弱気なユノ、初めて見た……」
『完全に参ってんな……』
「小〜エビちゃん。こっち向いて〜」
『……?』
落としていた顔をフロイド先輩の方に向けると、視界が真っ暗になった。どうやら先輩の片手が私の目を覆っているらしい。
「目ぇ閉じててねぇ」
『…………はい』
言われた通りに目を瞑り、少しするとだんだんと瞼が温かくなってきた。目の周りの筋肉が解されていくような、不思議な感じが気持ち良い。
暫くそのままじっとしていると、やがてゆっくりと先輩の手が離れていった。
「ど〜お?」
『……さっきより、だいぶ楽になりました』
目を開けると、さっきまでの瞼の重さが軽減している。眠気は相変わらずだけど、寝ぼけ眼よりはマシだ。
「ふふ〜、良かったぁ。はい、これ今日のチョコレート。あんま無理しないでねぇ」
『はい。ありがとうございます』
お礼を言うとフロイド先輩はへらりと笑い、私の頭を撫でてからジェイド先輩と共に去っていった。
私たちの様子を見ていたエースたちが何かコソコソ話していたけれど、それに構う余裕の無い私は今日も貰ったチョコレートを口に含んだ。
「なぁ。フロイド先輩ってやっぱユノに気ぃあんじゃね?」
「そうなのか?」
「じゃなきゃ、あの気分屋の先輩がわざわざ治癒魔法なんて使わねぇだろ」
「今日はそんな気分だっただけかもしんねぇんだゾ」
「いいや! ありゃ絶対に惚れてる! ……ユノはどうだかわかんねぇけど。ユウ、兄貴から見てどうなの?」
『はは。俺でもわかんないわ。どっちだろうね』
「あーもぅ! 小エビちゃんに手ぇ出すとかわけわかんねぇんだけど? あんなにボールペンの跡までつけて! 笑わなくなっちゃったじゃん!」
「ちょっと急いだ方が良さそうですね。アズールの元へ向かいましょう」