‐ユノside‐
次第に重みを増す瞼と格闘し、やっと本日の最終授業六限目までを乗り切った。
『誰でも良いから私を誉めて……』
「ユノちゃん偉い!」
「今日一日よく頑張った!」
「偉いんだゾ! 夕飯にオレ様のツナ缶分けてやる!」
『偉い偉い』
上辺だけの言葉でも良い。今はとにかく自分のモチベーションを維持するだけで精一杯だ。
今夜は眠れるかな……。眠れなかったらどうしよう。これ以上不眠が続いたら、みんなに八つ当たりして暴れ回ってしまいそうだ。
【一年A組のユノさん。至急、魔法薬学室まで来てください】
迷惑をかける前に寮に戻ろうと帰り支度をしていると、校内放送が鳴った。
呼び出しの放送はよくあることだけれど、私が呼ばれるなんて珍しい。グリムへの監督不行き届きで、ユウと一緒に数回呼ばれたことはあるけれど。
「なんだろ?」
「魔法薬学室じゃあ、クルーウェル先生とか?」
『呼ばれるようなことした覚えは無いんだけど……。ユウ、ちょっと行ってくるから荷物お願い』
『おう。遅くなるようなら迎えに行く』
魔法薬学室は一年の教室からは遠い。もし先生がお呼びなら急いだ方がいいだろうと、ユウに帰り支度を任せて教室を出た。
この時、気付くべきだった。
魔法薬学室に行くには、校舎裏の池が見える渡り廊下を通らなければならないことに……。
(……早く帰って寝たい)
「やっと一人になってくれたね、ユノちゃん?」
『!?』
* * *
突風に煽られて、渡り廊下から池の付近にまで飛ばされる。倒れた身体を起こすと、三人の男子生徒に囲まれた。
『……だれ?』
「はあ!? お前と同じクラスなのに知らねぇの?」
「うわっ、悲しい〜。って、いつもトラッポラたちとしかつるんでねぇもんなぁ、ユノちゃんは。あ、俺は違うクラスだけど」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる男子たちに嫌気がさす。
何が目的でこんなことをしているのか。これならユウたちと一緒に来るべきだったと後悔した。
すると、顔にソバカスを作った男子が私の前にしゃがみこむ。
「僕は昨日貴女に手紙を送った主ですよ。と言えば、わかりますか?」
『あの手紙の……?』
「はい。酷いですねぇ。僕ずうっと待ってたのに来てくれないなんて」
『だって名前書いてなかったもの。怪しかったし』
「……本当に失礼な女ですね」
何が気に入らないのか、思いっきり左頬を打たれた。ヒリヒリと痛む頬を押さえると、そこで漸く身体の異変に気付く。
『足……』
「あ、やっと気付いた? 俺のユニーク魔法で足の動きを封じてんの」
『なんで?』
「まだわかんねぇの? 頭良いくせにバカだねぇユノちゃん」
髪を引っ張られ、乱暴に地面に転がされる。ぷちぷちって音がした。痛い。
思いっきり引っ張られたせいで結っていたリボンがほどけ、長い髪が地面に広がる。
顔を上げると、ソバカス男子が私の顎に手を添えて見下したような目を向けてきた。
「僕、貴女のせいでテストの順位が下がったんですよ」
『……?』
「わからないって顔をしてますね。魔法を使えない分際で、魔法を使える僕を上回った。テスト結果はいつ見ても貴女の真下! 勉強する意味も無い貴女のせいで、僕の順位は下がるんですよ!」
『…………』
「貴女にはわからないでしょうねぇ。NRCに入学できて、親から期待される眼差しも! その期待に応えようと頑張っているのに報われない現実も!」
……それは私よりもっと勉強すれば良いだけの話では?
テストで私より劣るということは、解答を間違えているからであって、私のせいではないと思うのだけれど。逆恨みにも程がある。
そう言いたいが、言葉に出したら余計に腹を立てて何をされるかわからない。
足も動かないし、この時間帯に校舎裏なんて殆んどの人が通らない。
どうしたものか……。
「まぁ良いです。バカには何言ったって通じませんから……ね!!」
『っ!?』
立ち上がったソバカス男子が足を後方に振り上げ、勢いよく私のお腹を蹴り飛ばした。
口からカハッと空気が漏れ、地面に叩きつけられるかと思いきや。理解するより先に聞こえたのは大きな水音だった。
(…………池……?)
コポコポという水泡の音。
遠退いていく水面。
動かない足。
(…………さいあく……)
誰か……
「あははは! あ〜スッキリした!」
「お前勢いよく蹴りすぎだって! ユノちゃんめっちゃ飛んじゃったじゃん!」
「いやぁ、だって男子校に通うほど神経図太い女子ですからねぇ。ま、これに懲りて次のテストでは手を抜いてくれるでしょう。あ、そろそろ足にかけたユニーク魔法、解いて良いですよ」
「え? もうとっくに解いてるけど」
「……は? いやいや。それならもう浮いてきても良い頃じゃ……」
「…………なぁ、ちょっと待てよ。まさか……!」
「い、いやそんなはず……! 俺知らね!」
「俺もっ!」
「ぼ、僕を置いて行かないでくださいよ!」