「あ、甘寧!」
「姫様?」
鍛錬も終わり、執務は性に合わないため何をするでもなくブラブラと邸の中を歩いていたときだった。
パタパタと足音を立てながら走ってくるのは我らが殿孫権の妹君、孫尚香。
「どーかしたんすか。そんな慌てたみたいに走ってきたりして」
「ねぇ甘寧、呉子を見てない?」
「呉子?いや、見てねぇな……」
「そう……」
「もう!あの娘どこ行っちゃったのかしら」と俯きながら呟いた尚香に「あいつなんかしたんですか?」と甘寧は聞いてみる。
「さっき二人で手合せしたんだけど、怪我たくさんしてたみたいだから練師に見てもらいなさいって言ったのに、あの娘ったら、放っておけばそのうち治るからなんて言い出すのよ!」
「無理やり連れて行こうとすれば逃げられちゃったし……」と頬を膨らませながら愚痴こぼす尚香。
「そういやぁあいつ逃げ足早ぇからなぁ」と思い出しつつ治療が怖いと逃げ出すなど子供かよと心の中で悪態をついていると、視界の隅にこちら側へ歩いてくる人物が映る。
噂をすればなんとやらとは言ったものだ。露出された手足に傷を負った呉子が「イテテ……」と言いながら尚香がいることに気づかずに歩いてきている。
それに気づいた尚香は「あ、こら呉子!」と声を上げ、甘寧らの存在に気付いた呉子は「ゲッ」と盛大に顔を歪めた。
「なによその顔!今までどこ行ってたの!?」
「え、あ、泥とか洗ってたんだ。泥だらけのまま邸の中歩いてたら怒られるかと思って。あはは」
「あははじゃないわよ!そんな傷だらけな格好こそ練師に怒られるんだからね!」
「あー、それはそれで嫌だな……」
「でしょう!?さっさと手当しに行くわよ」
「えぇー、練師ちゃんのとこは嫌だよ私」
「わがまま言わないの!」
ギャアギャアと騒がしい二人を前に「俺はここから離れていいのか?」と考えていたときだ。
呉子がやたら左足をかばうような仕草をしていることに気づき甘寧の眉間に深い皺が刻まれた。
「おい呉子」
「あ、な、なんでしょう?」
「お前左足なんでかばってんだ?」
「ヘッ!?」
自分の左足を見ながら「そ、そんなことないです」とは言っているが、声は裏返り一瞬だけ肩が跳ねたのも甘寧は見逃していない。
「嘘つきやがれ!そんなどもった喋り方してたらバレんに決まってんだろーが!」
「どもってんのは甘寧さんの前だからで……」
「あぁ!?」
「なんでもないでーす……。って甘寧さん何余計なこと言っちゃってるんですか!」
「尚香ちゃんにバレる!」と自分で口にしたあとにはっ!と我に返り顔から色を失わせる呉子。「バカだろお前」という言葉はそっと飲み込んでおく。
「呉子!あなた左足捻ってたのね!?」
「ちが!いや違くないけど……、痛くないんだよ!?」
「足かばってるって言ったじゃない!」
「それは甘寧さんがうわぁ!?」
またも尚香と騒ぎ出した呉子の腹辺りを片手で抱き上げそのまま肩に乗って歩き出す甘寧。
「な、何すんですか!?」と当たり前のように驚きの声をあげているが、無視である。
「降ろしてくださいよ甘寧さん!」
「うるせぇ。黙って担がれてろ」
「だからなんで担がれなきゃいけないんですか!?」
「こーでもしねぇとお前黙って手当されに行かねぇだろーが」
「それは、そーなんですけど……。なにも荷物担ぎじゃなくたっていいじゃないですか!」
キッ!と睨まれながら「せめてお姫様抱っことかさぁ!」と言われるも別段怖いとも思えず甘寧はそんな呉子を見つめ「じゃぁ」と口を開いた。
「それでも俺は構わねぇんだぜ?」
言われた通りお姫様抱っことやらをにしようとすれば「ふっざけないでくださいよ!」と顔を真っ赤にしながら言うのだった。
「テメェがそうしろって言ったんじゃねぇか……」という文句はおそらく呉子の耳に入りもしないだろう。
「助かるわ甘寧!そのまま練師のところに連れて行ってちょうだい」
「私は行くところがあるから」そう言って手を振りながら走って行く尚香の姿が見えなくなるのを確認し反対方向へと足を進める。
「このままお前の部屋に行けばいいんだろ」
「え?いいの!?練師ちゃんのところ連れて行かない!?」
「連れていかねーから、少しは自分で手当しろよ」
「わーい!やったー!」
そう喜ぶ呉子に「どんだけ治療されるのイヤなんだよ」と呆れつつ、こうして甘やかしている自分自身にも呆れてしまう。
「(けどまぁ、妹のような存在である以上これからも甘やかしていくんだろうなぁ)」
絶対言ってやらねーけど。そう心の中で呟けば自然口角が上がっていく。
それを見逃さなかったらしく「なに笑ってんですか怖いな」という呉子に制裁を加えながら部屋に向かう途中、廊下の真ん中で腕を組みながら立っている練師がいた。その顔はなんとも恐ろしい。
「ふふふ。甘寧殿、どこへ行かれるのですか?呉子をつれて」
「え!?いや、ちょっと……」
「呉子も。そんな傷だらけで部屋に戻る気ではないわよね?」
「あ、あの、えーと、」
カツ、カツ、と履き物の音を立てながら近づいてくる恐怖を覚え練師に思わず後ずさってしまう。
「何も後ずさることないでしょう甘寧殿?」
「ははは……。(いや怖ェから!)」
「そう言えば、呂蒙殿が甘寧殿を探していたようだけど…、」
「何!?マジっすか!そりゃぁ大変だ。悪ぃな呉子、俺はオッサンとこに行く」
「おいおいおいおい!私を部屋まで連れてってくれる約束は!?」
「お前は黙って治療されときゃいい」
「甘寧さんのバカ!言ってることさっきと違うじゃん!」
「うるせぇ!ここまで運んでやったんだからありがたく思いやがれ!」
「あらあら。呉子はそんなに私のところに来たくなかったのかしら?」
「え!?」
「寂しいわ」と言い眉を下げる練師。はたから見れば言葉通りの表情に見えるのだろうが甘寧と呉子にしてみれば恐怖しかない。
「そ、そんなことないよ!やだなぁもう練師ちゃんってば!」
甘寧に担がれたままニコリと笑っている呉子。
このまま落としてやろうかとも思うがおそらくこれからもっとひどい目にあうに違いないためそれはやめておくことにする。
そんな呉子に練師は「良かったわ」と言いふふふと笑みを零し。
「来なかったら追いかけて捕まえるまでだったもの」
と、言った彼女の笑顔以上に怖いものなど、世の中に存在なんてするわけがないと思った甘寧と呉子だった。
「おい呉子!この人だけには二度と逆らうんじゃねぇからな!」
「思えるか!」
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