「ねぇねぇいーじゃんちょっと付き合うくらいさ」
「いやだから困るから……、ていうか本当退けてもらえません……?」
「君が俺と遊んでくれるなら避けてあげるって!」
「…………。」
思わず吐き出してしまいそうになったため息をグッと抑え込み目の前のチャラチャラした恐らく男子高校生であろう人物を視界に入れないよう明後日の方向を見る。
泰橋若愛もうすぐ25歳。ボーリング場にて絶賛ナンパをされている最中である。
ことの始まりは数十分前。
社会のストレスと日々戦う自分にご褒美をということで中学校時代の友人たちと並盛のボーリング場にやってきた若愛。
ご褒美――というよりも一心不乱にボールを投げてはストレスを発散させる形になっており先ほど聞いた話では次はバッティングセンターに行くことになっていたはず。
「課長の馬鹿野郎ー!」と叫びながらスローインしている友人にドン引きしながら万一にその課長に聞かれてたらお前どうするつもりだよと心の中で突っ込んでいると。
「そんなんだからお前はオンナに振られんだよダセーな!」
「お前だってこないだ彼女と別れたばっかりじゃねーか!」
「だって浮気したのバレちゃったんだもん」
「お前のがダセーじゃん!」
「ギャハハハハ!」と下品な笑い方がボーリング場に響き渡り、なんか頭悪そうな奴らが来たなぁ……と若愛も含めてその場にいた誰もが思ってしまった。
「アイツら高校生か?マナーがなってないなー」
「だねー。隣うるさいしもうバッティングセンター行こうか?」
「あ、それなら私先にトイレ行ってきてもいい?」
「「いっトイレー」」
「寒っ」
見事にハモった友人二人のくだらないダジャレに腕をさすりながらお手洗いへと足を進める。
用も足し終えてバッティングセンターへ向かう準備を始めているであろう友人らのもとへ戻ろうとしたとき。
ちょうどいいタイミングでさきほどのうるさい男子高校生の一人が男子トイレから出てきた。
出来るだけ目を合わせないようにしながら足早にその場を去ろうとしたのだが、何故か男子高校生が「ねぇ」と話しかけてきた。
心の中で「話しかけるなよ!」と文句を言いつつ恐る恐る顔を上げてみると気味の悪い笑顔を浮かべているのが目に入り思わず顔が引きつりそうになった。
「な、なにか?」
「君可愛くない?どこの子?化粧の仕方とか超上手いじゃん!」
「(そりゃ毎日化粧してたらイヤでも上手くなるわ)」
社会人舐めんじゃねーよと言いたいところだが、チャラ男の話し方からしておそらく若愛を同い年くらいに見ているのだろうと思い訂正するのも面倒なため苦笑いで誤魔化すことにする。
さりげなく身をかがめて逃げようとするも体格の良い体に遮られてしまった。
「(邪魔してくるなよ!)……友達待たせてるから戻らないと、」
「えー、いいじゃん俺と遊ぼうよ。好きなとこ連れてってあげるよ?」
「いやだから友達いるんだってば!」
なんとかこの場から逃げ出そうと試みるものの見事邪魔をしてくるチャラ男の高校生。
こうして没頭の会話に至ったというわけなのだが、いい加減しつこい!と教職員でも呼びつけてやろうかと言おうとしたのと同時についには腕を捕まれてしまう。
「ちょっ、」
「いいからいいから、俺と”ちょっと楽しいこと”しよーって」
力強く掴まれた手は若愛の細腕では振りほどけそうにもなく、簡単に小柄な体が引き摺られていく。
運の悪いことにお手洗いはレーンのあるフロアから離れているせいか助けを呼ぶにも中々人通りもない。
大声を出したところで騒がしいレーンフロアにいる友人らが気づくかどうか……。
チャラ男の足が進む先には男子トイレがありさすがに不味いのでは?と嫌な汗が流れて来る。
「……離してよっ!」
「ッ!ここまで来て騒ぐんじゃねーよ大人しく――」
「その子嫌がってんだろ」
男子トイレの入り口を超えてしまうより早くにチャラ男のものではない男子の声が耳に入り、チャラ男と若愛の体はピタリと止まる。
少し離れたところでスポーツ刈りの髪形をした男子がこちらを――チャラ男を睨みつけていた。
「はあー?なんだよお前邪魔すん」
「あれ?あんたもしかしてライフセイバーやってた先輩たちの一人じゃないスか?」
「ッ!!?」
スポーツ刈りの男子が「やっぱそうだよな?」と続けるとチャラ男は「お、お前あン時の……!」と怯えたような声を零した。
あっさり若愛を放したと思えば苦々しく舌打ちを残し早々に去って行く。
若愛からチャラ男の表情は見えなかったが、声色からなんとなく悔しそうな怯えていたような……とにかくいい気味だと逃げていく背中を見つめていると。
「ケガとかは?」
「あ、うん。腕引っ張られたくらいでとくには……。あ、」
助けてくれた男子に怪我の心配をされたので掴まれていた腕を見てみるとあまりの力強さに青黒く鬱血していた。
通りで痛いわけだと青黒い大きい痣を摩りながら肝心なことを口にしていないことに気づく。
「あの、助けてくれてありがとう!」
「そんなのいいって。それより腕大丈夫か?俺湿布持ってるけど」
「ううん大丈夫。痛みもすぐ消えると思うから」
首を横に振りすでに痛みが引いてきたことを伝えれば「そっか!ならいいな!」と人の好い笑みを返される。
先ほどのチャラ男の笑顔とは大違いだと思いつつ、目の前の爽やかな男子のおかげで大切な物を失わずに済んだことを思い出し若愛は口を開いた。
「本当にありがとう。君が来てくれてなかったら私……」
「いいんだって。じゃ、俺友達待たせてるから!」
踵を返そうとした爽やか男子を「ちょっと待って!」と制しポケットの中から携帯電話を取り出す。
もう一度言うが若愛にとって大切なものを失うところを助けてもらったのだ。まさかお礼を口にして終わりになんて出来るわけがない。
「ちゃんとお礼!お礼したいから、その、連絡先教えてもらえないかな?」
「あー、俺携帯持ってないんだ」
「(な、何――!?)そ、それじゃぁダメだね……」
「ごめんな!でも本当気にしなくていい」
「それはダメ」
「お、おう……」
若愛の気迫に押されたのか、爽やかな男子は若干引き気味の様子。(なんかごめん)
家の電話でも良ければと口頭で伝えられる数字の羅列を聞き逃してたまるかという勢いでボタンをポチポチと打っていく。
「これでよし……。あ、そうだ名前聞いてなかったや」
「そう言えばそうだよな。俺山本武。並中二年」
「山本武君ね。私泰橋若愛。今年にじゅいや待て今なんて?」
「ん?並盛中学の二年って――」
「…………。」
「(ちゅ、中学生だと――――!?)」
爽やか少年――もとい好青年山本のカミングアウトに動揺を隠せず口があんぐりと開いてしまう。
確実に年下であることはわかっていた。ナンパをしてきたチャラ男よりも幼くも見えたがせいぜい高校生くらいだろうと思い込みお礼にご飯でもご馳走しようと考えていたのだが。
「(え、なに?私中学生相手に一生懸命連絡先聞いてたの?)」
「犯罪じゃねーか」と心の中で突っ込むと急に気まずくなり必死にお礼をしたいと言ったことを後悔する。
さすがに中学生……10も下回る年齢の男子を相手にご飯をご馳走というのは絵面的に不味いだろう。おまわりさんが飛んできかねない。
連絡先を聞いておいてアレだがお礼は菓子折りを送るくらいにしておこう、もうそれでいいやと投げやりになったところで手の中の携帯が愉快な音を鳴らし始めた。
「?みっちゃんからだ。……もしも」
「”いつまで待たせる気?”」
「あ、あー……、ごめんちょっと色々ありまして……」
「”早く戻ってきなよじゃないと荷物ごと置いてくからね”」
気遣うことなくブチッ!と切られた通信にため息をつき、急に現れた気まずさから早口になるも「お礼はその、改めてさせてね」としっかり伝えこの場を去ることにする。
「(あ、そうだ)山本君」
「?」
「今日は、本当にありがとう。何回言っても足りないくらい、感謝してます」
踏み出そうとした足を止め、クルリと振り向き何度目かのお礼を口にしたとき、何故か自然と笑顔が浮かんできた。
再び礼を言われると思っていなかったのか、目を丸くする山本が可笑しく思えてしまい若愛の笑みはさらに深くなる。
「なぁ!」
「ん?」
「連絡、絶対くれるか?」
「それは……、もちろん」
「そっか!」
「楽しみに待ってるな!」
そう言って不意打ちなはにかみ笑顔を見せる爽やかな少年相手に心臓がドキリと高鳴った。
「じゃ、じゃぁまた!」と逃げるように背中を向けてレーンフロアに足を進める。
「(あのはにかみはズルいなー……、おばさん久しぶりに胸がきゅんってしたよ)」
「あれはモテるんだろうなー」などと呟きながら速足で歩く中ふとした疑問も浮かんでくる。
そう言えば彼は助けてくれた瞬間からタメ口で話していなかっただろうか。
ナンパしてきたチャラ男もそうだったがもしや実年齢より歳若く見られているのか?
色々考えてはみたがまぁ最近の若い子なんて少し年上くらいでは敬語を使う必要なんてないと思っていても不思議じゃないかと勝手に納得する。
(いや少し年上じゃないわ10も上なんだった)
「お礼何がいいかなー……」
これが、もうすぐ25歳になる自分の遅い青春の始まりであることを若愛はまだ知らない。
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