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「着るの?これ」
「チャア」
「チャアって言われても」

これはさすがに、ねえ?
袖を摘んでぴろーんと広げる。黄色のフード付きパーカーと短パンに靴。フードには愛らしいピカチュウの顔と耳、ズボンにはお尻のところにギザギザの尻尾が付いている。
いや、服を手に入れられるのはいいのだ。人に会うことはないから、百歩譲ってこの子供っぽいデザインにも目を瞑るとしよう。けれど、ここまで大きく派手な色の物だと、本当の持ち主さんが犯人を探している場合バレやすいってわけで。

「やっぱり駄目だよチカ。もとあったところに戻しておいで」

そう諭すもチカはぶんぶん首を振って目力で訴えてくる。ズボンを私に押しつけ、じっと見上げてくるチカ。

「駄目だよ」
「……」
「見つかった時どうするの。私警察に捕まるの嫌だからね」
「……」
「ほら、戻しておいで」
「……」
「チーカ?」
「……ちゃあ」
「げ、泣くの反則!駄目ったら駄目!捕まったらチカも牢屋行きだよ、いいの!?」
「……ぴかちゅ…」
「だああああ!一回だけだよ!一回だけだからね!」

目をうるうるさせて訴えるチカに負けた。仕方ない、パパッと着てパパッと脱ごう。それからすぐに戻しに行かせればいい。
辺りに人の気配がないか確認して、スカートをそのままにズボンを穿き、セーラー服は普通に脱いでパーカーに着替える。チカ達の前で着替えるのは、最初は少し抵抗があったけど、今では慣れたもの。スカートを脱いで、最後にショートブーツのような変わった靴を履けば完成。……靴、欲しいな。いつまでも裸足のままなのはやっぱり嫌だし。靴だけ貰うとか……駄目だよね、普通。
チカを見れば、彼はキラキラと目を輝かせていた。

「ピィカッ!」
「これでいい?じゃあもとあったところに戻すんだよ?」

そう言って脱ごうとパーカーのチャックに手をかけた時、チカが脱ぎ散らかしていたセーラー服上下を引っ掴んで走り始めた。

「え!ちょ、チカ!?」

突然のことに呆然とするも、はっと我に返ってチカを追いかける。あの子、制服をどうするつもりなんだろう!慣れない靴に転けそうになりながら、前に見える黄色を見据える。制服が大きいためか、チカは服の方をくわえて、スカートは背中に乗せて駆けて行く。ずりずりと地面と擦れる制服に悲鳴をあげたくなった。ただでさえぼろぼろなのに、砂と埃まみれにするなんていじめとしか思えない。着替えなんて持ってないのに!
走って走って、ふと前方に開けた所があるのが分かった。近づいていく内に見えたのは。

「湖?」

こっちの世界に来てコイキングを見た、そしてお風呂の代わりに身を清めるために使っている湖だった。
頭の中でひとつの考えが浮かび上がってくる。まさか。
前を走るチカは勢いを落とさないまま、湖に向かって全力疾走している。

「チカストッ…!」

ばっしゃーん!

「プ、」

制服まるごと湖に飛び込んだチカに、ぱか、と口が開く。唖然と湖に浮かぶ黄色と白と紺を見ていると、制服を引き連れたチカは岸に上がってぶるぶると体を震わせて水を弾き飛ばした。言うまでもなく、制服は水分をたっぷり含んでぐしょ濡れだ。

「……チーカー?」

じとりとチカを見ると、彼は耳を垂らして恐々と私を見上げた。

「私それしか服持ってないんだよ?」
「…チャア」

チカはしゅんとしながら、ゆっくりと今着ている黄色の服を指差す。

「これは駄目だよ。人のでしょ?」

するとチカは首を左右に振った。

「え、違うの?」
「…ピカ」
「じゃあどうしたのこれ」

チカはぐしょ濡れの制服を持ち、どうぞというふうに差し出した。

「…もらった?」
「ピカチュ」
「ほんとに?」
「チャア」
「…盗ったとかじゃなくて?」
「ピカチュウ!」

違う!と言いたげに声を張り上げたチカを見て、そっかとつぶやく。
この子は嘘はつかないのだ。

「ごめんね。ありがとう」
「ピカチュ」
「でも制服びしょ濡れにしてまで返させないようにするのはやりすぎだと思うけどね」
「…ピカ」

気まずそうにするチカに笑みを浮かべ、感謝の意味を込めて彼の頭を一撫でした。






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