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ピカチュウ成りきりセットを手に入れたことにより、着替えが出来るようになった。私にとっては多大な進歩である。チカは嘘を吐かないと分かっているけれど、やっぱりどこから持ってきたのか知らないのでちょっと不安だ。森でジュンサーさんを見かけてないから、取り敢えず盗難届けは出てないだろうと思う。
そしてチカ達を含めるピカチュウ一家は、みんな私がこの服を着ているとどこか上機嫌。いや、上機嫌だけならかわいいなあと微笑ましく見ていればいいのだ。しかし、いきなり体当たりや電光石火、果てにはアイアンテールを仕掛けられた時には嫌われたのかと真剣に悩んだ。後から聞いてみるに、どうやら彼らはただ同じポケモンのピカチュウに見える私と遊びたかっただけのようだけど。風圧を感じて咄嗟に身をひいたおかげで当たらなかったアイアンテールによる地面の陥没を見て、死は身近にあると認識した私は、例え見てくれがピカチュウでもキャタピーに伸されるほど弱い人間なのだときっちり訂正しておいた。
そして本日も例外なく悪戯のターゲットを探して森の中を捜索中である。身に付けているのはピカチュウ成りきりセット。最近走る時に稲妻形の尻尾がぶらぶら揺れて邪魔なので、切ってしまおうかと考え中だけれど、実行した時のチカのショックを受けた表情が容易く想像できるので思いとどまっている。
「だーれもいないねえ」
「ピカ」
「虫とり少年も見かけないってどういうことだろう」
「ピチュ?」
「変だね」
「ピチュウ」
密集した木の上を渡り、時たま蔦を使って移り渡りながら人を探す。トキワの森の木々が枝の太いどっしりした木だからこそ出来ることだ。
「ポケモン達は普通なのに。おかしいなあ」
とん、と太い枝に着地して、同じように降り立ったチカとテイを見る。肩に乗っているニイがひょこりと顔を出して首を傾げた。
「ピチュー?」
「ニイ達何か知ってる?」
ううんと首を振る三匹。森に住むポケモン達が普通にいつも通りなので特に事件とかは起きてないようだけど、あんなに虫ポケモンが大好きで一日の半分以上を森で費やす少年等がいないというのは、どうにも落ち着かなくてやっぱり気になる。
隣にいるチカが耳をぴくっと動かした。
「ピカ?」
「どうしたの?チカ」
「ピカチュウ」
あっち、と指差してチカは駆け出した。ピチュー兄弟と顔を見合わせて、なんだろうと不思議に思いながら追いかける。どれくらいか進んで、前を走るチカはこっちを振り返り、しーっと小さな指を口にあてた。それに頷き返して静かに慎重に移動する。
大きな木に渡った時、チカもテイも立ち止まった。どうしたのかと二匹を見やると、肩に乗るニイが私の頬をぺちぺち叩いて下を指差した。そこで地面を見下ろすと、最初に目に入ったのは黒いポケモン。薄暗い森の中、体の黄色い模様がぼんやりと発光しているあれはブラッキーだ。そしてその隣を歩く茶色のツンツンヘアー。記憶と違わない姿に目を見張る。思いがけない遭遇にただただ驚いた。
はてさて、彼はグリーンとシゲルのどちらだろうか。
「来ないな」
「ブラッキ」
「何か気配を感じるか?」
彼の問いかけにブラッキーは首を振る。
「人に悪戯すると言ってたけど……ポケモンを連れているから駄目なのか、それとも警戒しているんだろうか」
人に悪戯する。その言葉を聞いて皆で顔を見合せた。ひょっとしなくても、たぶん私達のことだろう。この人は噂のポケモンを捕まえに来たのかもしれない。
ここは、彼と関わらない方がいいだろう。そう思って、この場から退散しようとチカに目配せした時だった。
楽しそうに嬉々としたテイが木を降りて背の高い草の茂みに隠れ、静電気ほどの小さな電撃をブラッキーに放った。
ちょ、ばかあああ!心の中で絶叫。チカは真っ青。ニイは目をぱちくり。
パチッと静電気がブラッキーの耳元で弾けた。
「ッ!ブラッキ…!」
「どうしたブラッキー?」
突然低い唸り声をあげて戦闘態勢に入るブラッキーを見た少年は、何かを悟って指示を出した。
「ブラッキー、電光石火!」
地面を蹴って、ぐんと迫ってくるブラッキーに、テイはあわあわと慌てながら咄嗟に地面に伏せる。その上をブラッキーが飛び越し、テイは恐る恐る顔をあげた。その先で地面を蹴って方向転換したブラッキーは再びテイに襲い掛かってくる。小さな体を生かし小回りを利かせたテイは、私達がいる木の後ろに回った。電光石火で勢いがついたブラッキーは、ギリギリ躱したテイの後ろに現れた木を避けられず、ごつん!と派手な音をたててぶつかる。その振動で揺れた木に慌ててしがみつきながら、思いっきり顔をしかめた。うわあ痛そう…。
生い茂る草のせいで状況が見えない少年はブラッキーの名を呼ぶ。ブラッキーは頭がくらくらするのか、ふらふらしながら少年のもとに戻った。
「ブラッキー!」
少年はブラッキーに駆け寄る。
「大丈夫かブラッキー」
「ぶらっき…」
ふら、とブラッキーは一瞬よろけたが、どうにか態勢を持ちなおす。咄嗟に支えようとした少年の手を舐めて、四肢でしっかりと地を踏みしめ、ブラッキーは少年の前に立った。
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