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じゅ、住所?少し躊躇したがボールペンを手にとって、取り敢えず名前を記入する。ここには苗字というものがなさそうなので、ナツミとだけ書き込んだ。そして住所。私には正式な住居は無い。……トキワの森で大丈夫かな。
恐る恐る、住所欄にトキワの森と書き込んでジョーイさんの顔色を伺えば、そこにはきょとんと私の書いた文字を見つめるジョーイさんが。
あ…!そういえば、アニメではよく分からない文字が使われていたっけ…!?

「トキワの森に住んでいるんですか?」
「へ?あ、はい。今はとりあえず」
「お一人で?」
「いえ、少なくとも6人は一緒です。ご近所さんもいますし」
「そうなんですか。それなら安心ですね」
「あ、はい」
「それにしても、トキワの森に住んでいる方を初めて見ました。自然の迷路と呼ばれるあの森に住む方っていらっしゃるんですね」

ピカチュウ達を人と同じように数えて良かっただろうか。出してしまった発言は戻せないけれど、匹と数えた方が良かったかと悩んでいると、ジョーイさんは驚きを交えた声音でそう言った。文字については何故か問題なかったようだ。
あそこに住み始めて数日経つけれど、確かに私以外の住んでいる人間を見たことがない。虫とり少年が野宿をすることもあるが、大抵の人は朝にやってきて、日が暮れる前に森を抜けようと、さっさと行ってしまう。虫ポケモンばかりの森で野宿したくはないという気持ちは分かる。スピアーの縄張りもたくさんあるし、キャタピーもビードルもその辺を這っていて、虫嫌いの人には最悪の森だ。トキワの森に出没する唯一の癒しであるピカチュウは滅多に人前に姿を見せないので、ピカチュウ目当てで森を訪れても出てくるのは虫の子かコラッタ、時たまポッポばかりで、諦める人が多い。それくらい虫ポケモンの多い、自然の迷路と呼ばれる森に女の子が住むなんて、とおそらく思っているだろうジョーイさんの気持ちはなんとなく分かった。普通は嫌だ。私だってチカ達という癒しが無ければあそこでやっていく自信がないもの。

「それでは、こちらにどうぞ」

にっこり笑ったジョーイさんはカウンターの中から出てきて片手を上げ、私をセンターの奥へ続く廊下に案内する。どうやらこれ以上詮索されることはないようだ。無意識の内に緊張していた体の力を抜き、ほーっと長い安堵の息を吐く。
寄りかかっていたカウンターから体を戻すと、膝が笑ったタイミングと重なってぐらりと体が揺らいだ。咄嗟にカウンターに手をついて倒れるのを防ぐ。倒れそうになった瞬間、チカとニイはカウンターに飛び降りて、カウンターについた私の手を掴み、倒れないようにと引っ張っていた。いい子たちだなあと思いながら、バランスを取り戻して自分の足に力を入れ、しっかり立った後チカたちに向かってありがとうの意味を込めて笑いかけた。

「ピィカ」
「ん、大丈夫。ありがとう」

カウンターに手をついたまま一歩踏み出すと、かくんと膝が勝手に曲がる。うわあ、何だこれ。こんな感覚久しぶりだ。マラソン大会で真面目に一生懸命走った時も、確かこんな感じだった。
ジョーイさんが待ってるというのにまともに歩けそうにない。私の何分の一サイズのチカに手伝ってもらうことも出来ないし…。このまま壁を伝って行こうか。ジョーイさんに要らぬ気遣いをさせてしまいそうだけど、仕方ない。
取り敢えず、付いてきていないこちらに気付いたジョーイさんの所まで進もう。私の体勢を見てびっくりした様子のジョーイさんに、へらりと笑いかけてさらに一歩を踏み出した。





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