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「大丈夫ですか?」

声と共に誰かに腕を緩く掴まれた。驚いて顔をあげると、声をかけた本人であるらしい男性と目が合う。同じ年、くらいだろうか。特徴的な赤いバンダナを額に巻いた少年は、慌ててこちらに駆け寄ってきたジョーイさんに声をかける。

「ジョーイさん、僕がこの人を連れて行きますよ」
「え、いや、」
「まあ、それではお願いしますね。大丈夫ですか?」
「大丈夫です、けど、いや、ホントに大丈夫なんで、自分で歩けます…!」
「大丈夫じゃないでしょ。今だって足に力が入ってないし。怪我したの?」
「この子、たった今調子の悪いピチューを走って連れて来たから、たぶん足が疲れ切って歩けないんだと思うの」
「そうなんだ!それなら尚更手伝わせてよ」

にこにことバンダナの少年は私に笑いかける。…お願いだから人の話を聞いて下さい。
自分のペースを貫く少年は「よっ、と」と声をだして、掴んでいた私の腕を自分の肩にまわし、片方の腕を私の腰にまわした。ちょ、贅肉があああ…!脇腹を手のひらで覆うようにした彼に心の中で絶叫をあげる。前よりはマシになったけど!それは前よりは、であって、前が酷い私が少しマシになろうとも所詮酷いことには変わりないんだよおお…!

「わ…!だ、大丈夫ですから!」
「ちょうど一番近い部屋が空いてますから、そこまでお願いしますね」
「はい、任せて下さい」

任せて下さらなくていいからああ!
本人大丈夫だって言ってるのに、二人して無視ってどういうことだ。お腹の辺りが恥ずかしくて泣きそうだよ私。
流石に初対面の人間にズバズバ意見を言えるほど図太い性格ではないので、しっかり私の体を支える腰にまわされた手のひらに多大なる羞恥心を感じながら、おとなしく少年の誘導に従う。少しの我慢、少しだけ耐えるんだよナツミ!きっと少年とはこれっきりだろうし、たった数分の我慢だと自分を元気付ける。近くに感じる自分以外の体温に、少しだけ赤く染まった頬が周りから見えないよう、目線を足元に落とした。先を行き道案内をするジョーイさんの後ろを、私とバンダナ少年が足並みをそろえて付かず離れずついて行く。少年の足取りは私を気遣うようなゆっくりとしたもので、腰にまわされた手は私の体と彼の体がぴったりくっつく程に、私の腰を引き寄せていた。おかげで力の入らない、入っても使い物にならない両足でも幾分か楽に歩くことが出来ている。しかし、いかんせんこの体勢は恥ずかしいもので、初対面の男性と密着し、その上会話がないという気まずい思いを抱えると共に、早く部屋に着かないかと切実に願った。
そして願いが叶ったのか、それから一分も経たずにジョーイさんの言う部屋に着いた。101と書かれたプレートが付いている部屋の手前の廊下からは、ジョーイさんがいつもスタンバイしているカウンターがよく見える。少年が手の力を緩めたのに便乗して、ぎこちなく彼の肩にまわしていた腕を抜くと、大丈夫?と少年は尋ねてきた。それに大きく頷きながら、はいと返答する。もう十分に手伝ってもらった、ええ本当に。少年の手を借り続けるのを防ぐためなら、私の足はどうやってでも機能してくれるはず。
これ以上手伝われると私がもたないんだ、赤面的な意味で。

「それでは、こちらの部屋になります」

私たちの後ろを付いて来ていたらしいチカとニイが、ジョーイさんの元へやってきて、ふんふんと頷いた。ジョーイさんが扉を開けると二匹は真っ先に部屋に飛び込む。私もそれに続いて、廊下と部屋との敷居をまたいだところで後ろにきっちり振り返った。

「あの、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「いいえ。ピチューは明日の昼までにはしっかり回復しますから、その時にはまたカウンターまでお越し下さいね」
「はい」
「だから、あなたはその足をしっかり休めること」

ジョーイさんに頷いて見せると、彼女はにっこり笑ってそう言った。思わず苦笑いしてしまう。
バンダナ少年は、「お大事に」と笑顔と共に一言。ありがとうございますと私がお礼を言った後、二人は宿泊者用のエリアから去って行った。
その後ろ姿に一度しっかりお辞儀して、ベッドの上でぴょんぴょん跳ねている二匹に笑みをこぼしながら扉を閉めた。





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