ドッペルゲンガー01
それは本当にたまたまだった。「あれ、洗剤が無い…?」
マグカップを洗おうと食器用洗剤を持ち上げた所、中身が少なくなり随分と容器が軽くなっていた事に気付いた秋良。忘れないうちに洗剤を詰め替えた方が良いだろうと、詰め替え用洗剤を探し戸棚を覗き込んでそこではたと首を傾げた。
いつもならそこに置いてある筈の詰め替え用の食器用洗剤が何処にも無い。どうやら前回買い物に行った時に買い忘れてしまったようだ。と、そう気付くのに時間は掛からなかった。
「うーん、洗剤が無いのは困るよなぁ」
他のものなら次に買い物に行った時に買えば良いかとなるが、こればかりはそうはならない。あと少し残りはあるが、いつ無くなるかも分からないならやはり買いに出掛けた方が良いだろう。ついでにもうすぐ無くなりそうになっていたトイレットペーパー等の日用品も一緒に買ってしまおうか。そう決断した秋良は、すぐ近くのドラッグストアへ向かう為に簡単に外行きの格好に着替え帽子を被ると、家の鍵と財布、そして携帯電話をポケットに詰め込み外へと繰り出した。
ひんやりとした風が金色の髪をふわりと優しく吹き上げる。
「…せめてパーカーにすれば良かったかな」
この時期になると、日中は暖かくても日が暮れるとやや肌寒くなる。今は薄手のカーディガンを羽織ってはいるが、もう少し防寒すれば良かったかもしれない。ふるりと身を震わせながらそう思っても既に時遅し。ドラッグストアまでそんなに距離はないので少しの間我慢するしかないか、といつもと代わり映えのしない慣れた道を歩く。寒い寒いと身を縮こませ心無しか少し早足になりつつ歩いていると、突然ポケットにしまっていた携帯電話が軽快な音楽を奏でた。
「…───ん?ゼロくんから…?」
ポケットから携帯電話を取り出し画面を見れば、そこには降谷の携帯番号が記されていた。
「何だろう…」
滅多な事では掛かってくる事の無い番号に何となく嫌な胸騒ぎを覚えたが、秋良は気のせいだろうと小さく頭を振り降谷の電話に出る。
「───もしもし?」
『秋良か!?』
「うん、そうだよ。どうかした?」
急に掛かってきた電話。挨拶も無しに切羽詰まったような声音で己の名前を呼ばれ、只事では無さそうだと秋良は表情を引き締めた。
『あまり時間が無い。説明してる余裕が無いんだ。取り敢えず秋良、指示があるまで絶対に外に出ないでくれ』
外に出るな。そう切り出された秋良は、訳も分からず目を真ん丸に見開く。
「えっと…?」
『後で必ず説明するから今は大人しく指示に従って欲しい。いいか、絶対に外には出るなよ』
「それは良いんだけど、ごめん…今ちょっと外に買い物に出てたんだよね」
『なんだと!?クソ、何てタイミングが悪い…───秋良、いいから今すぐ帰れ!』
携帯電話から聞こえる降谷の必死な声音。電話越しでも分かる。きっと降谷はその端麗な表情に焦りと少しの苛立ちを浮かべているのだろう。秋良は自分のタイミングの悪さを呪いながら来た道を引き返そうと踵を返した。
「わかった。今すぐ帰る」
『ああ。なるべく身を潜めて、目立たないようにして帰ってくれ』
「うん、了解…───っ!?」
降谷の言葉に反応した刹那、突然冷水を浴びせられたかのような冷たく突き刺す視線を感じ、秋良は半ば反射的に後ろに仰け反った。
その瞬間、空気を引き裂くような音と共に目の前のコンクリートが抉れ破片が弾け飛んだ。
そして聞こえてきたのは抑揚のない冷たい声。
「───探したぜェ…バーボン」
視界の端に銀色が舞ったような気がした…。