ドッペルゲンガー04
一発の銃声が鳴り響いた。ぱたぱたと音を立てて滴り落ちる真っ赤な液体。
「…っ」
撃たれた。それも、僕ではなく、キールが。
まるで絵の具を撒いたかのような鮮やかな赤色が、真っ白いシャツをじわじわと染めていく。そして左肩から指先へと滴り落ちる血液が、金属のサビたような匂いが、これは夢では無いぞと頻りに脳裏に訴えてきた。
「キール!!」
「っう…」
半分悲鳴じみた声でキールの名前を呼んでしまった。僕の焦りに反応すること無くキールは痛みに呻き鉄筋に沿うようにしゃがみ込む。
「ホラ、どうしたキール。続けろよ」
「うぅ…くっ…」
「手錠を外してェんだろ?」
人を撃ったと言うのに罪悪感一つ浮かべないジン。それどころかどこか楽しげに嘲笑っている。…狂っている、と思った。
だってまだ確証無いはずだ。僕…ゼロくんもキールもスパイだっていう確証が。それなのに、仮にも組織の仲間なのに、こんなに無常に人を撃つことが出来るなんて!
ぶわりと沸き起こった憤り。ふつふつと血が煮えたぎったかのような感覚を抱いた。
「っ!まだ容疑者の段階で仲間を…!」
怒りのままジンに食いかかれば、あいつは鼻を鳴らし一蹴した。
「仲間かどうかを断ずるのはお前らでは無い。…最期に一分だけ猶予をやる。先に相手を売った方にだけ拝ませてやろう」
歪んだ笑みを口元に浮かべ、そしてこう言い放った。
「ネズミのくたばる様をなァ…!」
何故そんな楽しそうにしていられるのか。理解出来ない。狂っている。僕は手首に手錠が食い込むのも気にせず腕に力を入れジンを睨み付けた。
しかしそんな事に怯む男ではないと言う事はこの数時間で理解している。愉快そうに歪んだ笑みを口元に浮かべながらジンは再び此方に照準を合わせた。
「ウォッカ、カウントをしろ」
「了解。60秒…」
ウォッカは腕を捲り腕時計を見ながら静かにカウントを始めた。
このカウントは、僕とキールの命の灯火…。きっとあの世へのカウントダウン。
「っそんな脅しに乗るもんですか…!」
それでもタダで死ぬわけにはいかないとばかりに、キールは痛みに呻きながらも気丈にジンへ反抗してみせた。
こんな絶望的な状況でも彼女は諦めない。…だから、僕はそれを見て覚悟を決めた。
「もし彼女をノックと言ったら自分をノックと認めた事になる。そんな奴をアンタが見逃す筈がない!」
「50秒」
そう、例え認めて見せても死、否定しても死。相手を売ると言うことは自分も死ぬと言うことだ。どのみち助からない。
「フン、そいつはどうかな。俺は意外と優しいんだぜェ、キール…?」
「っく…ぅ…」
「40秒」
優しい?問答無用で銃をぶっぱなす男が優しいわけなんてない。優しいやつが、こんな趣味の悪い事する訳がない…!
「仲良く互いを庇い合ってると言うワケか」
ジンの言葉に僕は怒りで震えそうになるのを堪え声を張り上げた。
「庇うも何も僕は彼女がノックかどうかなんて知りませんよ」
「私だって!」
「30秒」
「でもこれだけは言える。私はノックじゃない…っ!!」
「それはこっちの台詞だ」
キールの言葉に乗っかって全力で否定する。…僕にはそれしか出来ないから。僕の否定でキールも救える。間違っても彼女がノックだと言ってはいけないことは分かっていた。
「さァ…」
「20秒!」
再び向けられる拳銃。冷や汗が止まらない。それでも気丈に前を、ジンを睨み付ける。
「ネズミはどっちだ」
「ジン…まさか本気で」
緊迫した空気に焦りを見せたのは僕やキールだけではなかった。ずっと端でこちらの様子を遠巻きに窺っていたベルモットが、ここにきて助け舟を出してくれたのだ。
「先に鳴くのはどっちだ…!?」
「10秒、9、8、7…」
「さて、バーボンか、キールか」
───どうする、どうすれば二人とも助かる…!?
ぎちりと歯を食いしばる。
───一人で逃げるのは出来る。でも、それじゃあキールは…。一体どうすれば…!!
キールを、ジンを見る。何か突破口は無いのか。そう思うのに、考える時間はもう無い。
「───まずは貴様だ」
「0…!」
カウントがゼロになった。
「バーボン!」
───銃口がこちらを向く。