ドッペルゲンガー05

 何かが弾けたような甲高い金属音と共に、天井に吊るされていた照明が突如落下してきた。パラパラと落ちる部品。ネジ、ナット、粉々に砕けた電球…。その不測の事態に、僅かにジンの気が逸れる。落下してきた照明の一部が、キール達を照らしていたスポットライトに激しくぶつかり一瞬にして辺りが暗闇に包まれた。

「っなんだ、どうした!?」

「ライトが!?」

 倉庫には窓が一つも付いていないので、光源がなくなったら一寸先すら見えなくなる。ジンやウォッカも予想だにしなかった突然の暗闇に戸惑い、狼狽えたように声を荒らげた。

「キール、バーボン動くなっ!!」

 しかし狼狽したのも束の間。直ぐにいつもの平常心を取り戻したジンは、暗闇に包まれながらも鋭い殺気を放つ。そして拳銃を握り締め、キールとバーボンが拘束されていた方へ照準を合わせた。

 何も見えない。緊迫とした空気が流れる。そんな中、ベルモットは冷静にも懐から携帯電話を取り出すと、キールとバーボンがいるだろう方へその光を当てた。ぼんやりと辺りが照らされる。これで周りが見える。そう思った…───がしかし。

「っバーボンがいない。逃げたわ」

「クソ、どうやって…」

 そこには肩から血を流したままのキールしかいないではないか。痛みに耐え荒い呼吸を繰り返すキール。ウォッカは倒れたスポットライトを立て直しながら姿の見えないバーボンへ悪態をついた。

「…………」

 ジンはと言うと、二人を拘束していた鉄筋に近付き現状を冷静にも判断していた。もちろん、鉄筋には手錠で繋がれたキールの姿しかない。地面にはキールの肩から滴り落ちた血しか残されていなかった。

 逃げられた。苛立ちに任せて激しく舌を打つ。その時、倉庫の扉が激しく音を立てて開け放たれた。そして逆光により顔は見えなかったが何者かが逃げる姿が…。

「追え!!」

「っへ、へい!!」

 あれはバーボンだ。瞬時に理解したジンは鋭い声で追いかけろと命令すると、ウォッカ、それにベルモットも続き逃げたバーボンを追い掛けようと駆け出した。先にウォッカが外へ走り出す。ついでベルモットも…と思ったその時、ベルモットの持っていた携帯電話が着信を知らせ震えたのだった。

「っ!!」

 こんな時に誰よ。ベルモットは胡乱げに画面を見たが、その画面に表示されていた着信名が予想だにしなかった名前で思わず息を呑んだ。

 そんなベルモットに気付かず、ジンは瞳孔を開き殺気立った空気を纏ったまま引き金に指を掛けていた。

「悪いなキール、ネズミの死骸を見せられなくて。だが、寂しがる事はない。時期にバーボンもお前の元へ送ってやる」

 キールの額から冷や汗が流れ落ちる。顔は青ざめ、瞳には絶望を浮かべながら唇を噛み締めていた。どうすれば逃げられるのか…。考える暇もない。死の影がすぐそこまで迫って来ていた。

「あばよ、キール」

 残酷な死神の声。命を狩る者の酷く冷たい声が聞こえた…その刹那だった。

「ジン待って!」

 撃たれる。そう思ったのに、ほんの僅差でベルモットの待ったが掛かり、ジンは引き金を引こうとしていたその指をぴたりと止めた。

「撃ってはダメ!RUMからの命令よ」

 RUM(ラム)。それは組織のNo.2の名前。自分より上の幹部の名前に、ジンは苛立ちを隠しきれず舌を打った。ベルモットは再び携帯電話に耳を当てる。

「それで我々は何を?…───はい、了解しました」

「チッ」

 ベルモットとRUMの会話が続く。何度かの相槌の後、RUMとの通話が終わりベルモットはジンへ向き合った。

「キュラソーからメールが届いたそうよ。…二人は関係無かったと」

「記憶が戻ったのか」

 その言葉に安堵したのはキールだった。

「───どうやらこれで私達の疑いは晴れたようね?さっさとこの手錠を外して貰おうかしら?」

 どういう訳か、キュラソーからノックでは無かったとメールが入ったらしい。キールはこれで拘束される理由は無くなったと安堵しながら、手錠を外して貰おうとしたのだが…。

「ダメよ」

「!」

「RUMの命令には続きが。届いたメールが本当にキュラソーが送った物か確かめる必要がある、とも。警察病院からの奪還となるとかなりやっかいになりそうだけど」

 まだ確証が得られないため、手錠を外すことは出来ないと言うベルモット。キュラソーの携帯からメールが届いたのは事実だが、それが本物かどうか確かめるためにまずは警察からキュラソーを奪還しなければならなかった。

 現在キュラソーは警察病院に囚われていることは分かっている。問題はどう彼女を奪還すべきか…。どうする、とベルモットが問い掛けようとした瞬間、ジンがその唇に薄い笑みを浮かべた。

「案ずることはねェ」

「え??」

「俺の読みが正しければそろそろ動きがある筈だ」

 動きがあるとは一体どういう事だろうか…。ベルモットはどこか余裕すら窺える笑みを浮かべているジンを見詰め待っていると、ジンは懐から携帯電話を取り出しどこかへ電話を掛け始めた。


 

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