こんにちは異世界14
「…僕、この世界の住人では無いんですね」
「秋良…」
ゆっくりと部屋に足を踏み入れる秋良の顔色は蒼白で、固く強ばっていた。
「───いえ、良いんです。本当は分かってたんです。…ただ、現実なんだと受け入れられなかっただけなんです」
そっと防犯カメラの映像を指でなぞる。一時停止されたそこには、秋良だと思われる人物が横たわっていた。
「…流石の僕でも、ニュースや新聞を見れば分かりますよ。だって知らない地名ばっかりですし、首相だって…全く知らない人でしたし」
そう苦笑いを浮かべる秋良に、広末は気まずそうに表情を歪める。…確かに、テレビやネットを見ればすぐに異変に気付ける筈だ。それでも、その異変を秋良は一度も広末に向かって尋ねたことは無かった。
「ただやっぱり、自分の目で確かめなきゃ納得出来なかったんです。会社に行って、僕の存在を確かめたかった」
だからあの時、駅まで行ってみたのだ。駅について、知らない駅名を見て。知らない人に話し掛けられて、そこでネットで調べて。そうして思った。ここは何処なのだろう、と。
「…だから僕、あれ以来自分の会社を探すのやめたんです。ネットにも存在しないんですから、そこに行ってもある訳ないですし」
意外と冷静だった。…いや、冷静とは違うかもしれない。ただ、現実味が無くて、受け入れられなかったのだ。
「…でも、こうして僕が突然ここに現れたのを見ると…やっぱり、辛いなぁ」
もう戻れないぞと、そう言われた気がした。
「…ごめんなさい、秋良」
「なんで先生が謝るんですか?」
広末の伏し目がちなその瞳を正面から合わせるため、秋良は屈んで下から見上げる。そして柔らかく細い手を優しく握り締めた。
「先生にはとても感謝しています。見ず知らずの僕を助けて下さって、本当にありがとうございました」
先生が居なければ、今この瞬間、僕は存在しない筈ですから。と穏やかな表情で小さく微笑む。
「…安室さんも、すみません。こんな事に巻き込んでしまって」
一番の被害者…とも言うのは変だが、無関係だったのにも関わらず面倒ごとに巻き込んでしまったのだ。秋良は難しそうな顔で何やら考え込んでいる降谷にも申し訳なさそうに謝罪をした。
「同じ顔でさぞかし驚かれたでしょうし、これからも迷惑を掛けてしまうかも知れません。なるべく安室さんの知人には会わないように気を付けますが…」
「…君は今、戸籍も何も無いのだろう?」
「えっ?ええ、そう…ですね」
秋良の言葉を遮るように紡がれたその言葉に苦笑する。元の世界の保険証や免許証はあるが、この世界のものはひとつも無いのだ。これからどうするべきなのか、考える事は山ほどある。
「その辺はおいおい考えていきます。安室さんが心配する事じゃないですよ」
暗にこれ以上迷惑を掛けれませんと言うが、降谷は秋良を上から下までジロジロ不躾に見詰めた末、少しだけ口角を上げ口を開いた。
「───いや、俺に良い案がある」
「え?いえ、でもこれ以上ご迷惑は…」
「…君にW安室透Wを貸そう」
「へっ?」
その瞬間、世界が、変わったように思えた。