ぼくときみ02
ゼロくんの一日はとても多忙である。たくさんの顔を持つ彼は、あちこちに呼び出されてはその顔を使い分けているらしく、唯一心休まる自宅…と言っても、安室透としてのセーフハウスらしい…では無表情に近い顔をしている。日常で表情筋を酷使しすぎて、その反動で家では真顔になるらしい。「ゼロくん、晩御飯食べる?それともお風呂にする?」
今日も今日とて日付が変わるか変わらないかくらいの時間に帰宅したゼロくんは、心底疲れきったような顔で「風呂」とだけ呟いてふらふらとした足取りでお風呂場に向かった。
「うーん、大丈夫かなぁ…」
お風呂はいつでも入れるように温度設定をしっかり管理しているが、浴槽に浸かって眠らなければ良いのだけれども。
「心配だなぁ」
溺れでもしたら大変だ。僕はそろそろと音を立てずにお風呂場に近付くと、そっと扉に耳を当てて聞き耳を立てる。ザーっというシャワーの音が聞こえるが、それ以外の物音は全くせず、不安が更に増してゆく。
「…ゼロくん大丈夫?起きてる?」
とんとん、と優しくノックして声を掛けるがやはり無反応。
「ゼロくん、開けるよ?」
やはり心配なのでそっと浴室の扉を開けて中を覗き込む…と、そこには椅子に腰掛けシャワーを頭から浴びているゼロくんの姿があった。…そして、鏡越しで見える顔。
「って、こらこらこら!ゼロくん、シャワー浴びながら寝たらダメだよ!」
「…んー」
腰を掛けたら一気に疲れがきてしまったのだろう。目を閉じて開ける気配が無い。
「仕方ないなぁ…」
僕は軽く腕捲りをし、濡れるのも厭わずお風呂場に足を踏み入れた。
「1回シャワー止めるよ」
「……んー」
これは絶対に聞いてない。と言うより理解してない。ただ反射的に反応しているだけだ。
取り敢えずシャワーを止め、それから座ったまま動かないゼロくんを見詰めてひとつ小さな溜め息を吐いた。
「後で文句言ったって知らないからね」
よし、と気合を入れ、シャンプーのボトルを手に取るとワンプッシュしてから手のひらで泡立てる。それから目の前の金色の髪に優しくそれを塗り、わしわしと優しく泡立て始めた。
「痒いところとか無い?」
「んー…」
「じゃあ頭上げて。流すよー」
確認の為聞いたが、やはり気のない返事で。僕はシャワーを手に取ると、目や鼻にお湯が入らない様に頭を上げさせ泡を流し始めた。
美容師ではなくトリマーにでもなった気分だ。金色の大きな…そうだな、例えばゴールデンレトリバーとか、そういう感じ。何となく言っている意味は理解しているらしく、反応は遅いが言えばのろのろとそれに従う。僕は完全に泡が流れたのを確認してから、今度はコンディショナーを手に取った。
「はい、次はリンスするよ」
「んー?んー…」
わしわしと髪にコンディショナーを塗りたくる。折角の綺麗な髪なのだ。シャンプーだけで済ますことは許されない。
「じゃあまた流すから頭上げてー」
「んー」
うん、大きなワンコだ。と、僕はひっそりと笑った。