メーデーメーデー!01
「ついに来てしまった」ゴクリと生唾を飲み込み、前を見据えればそこにはポアロの文字。
そう、今日は安室透としてバイトしに初めてこの場所に来ていた。
「うう、緊張するなあ」
バレないようにしなければ、と気合いを入れて挑もうとした…瞬間、後ろから声を掛けられ飛び上がりそうになりながらも慌てて振り返った。
「おはようございます、安室さん!」
「お、おはようございます…蘭さん」
ポアロの二階に事務所を構えている毛利探偵の娘さんの毛利蘭さん。これから学校なのか、制服に身を包みにこやかな笑みを浮かべている。そして目線を下に向ければ、眼鏡をかけた知的な少年コナンくん。
「コナンくんもおはよう」
「…おはよー!」
ん?何か一瞬間があったような…。にこりと笑い掛ければ、コナンくんもにこりと笑みを浮かべてくれる。が、何だか少し違和感を感じるのは気のせいなのだろうか。
「お二人はこれから学校なんですね。頑張って下さい」
取り敢えず当たり障りのない言葉を掛けながら安室透を演じる。
「はい。ありがとうございます」
蘭さんは僕を安室透として見てくれているらしく、特に違和感を感じている様子はない。でも、もう一人…。
じーーーーっと下から見上げてくるコナンくん。や、やっぱり子どもって勘が鋭いって言うし、何かいつもの安室透と違うなーとか思ってるのかな。背中にじっとりとした汗が流れるのを感じながらへらりと笑顔を作る。
「…どうかしたかな、コナンくん?」
「…ううん。何でもないよ!いってきまーす」
にこっと子どもらしく笑ってから手を振って駆け出して行くコナンくんと蘭さんを見送りながら、僕は内心ホッとしていた。
それからは全く問題なく、ポアロでアルバイトしていた。入れ替わっている事に気付かれることもなく、誰かに不審がられることもなく午前中の仕事を終えることが出来た。
「あれ、安室さんって今日午後からもシフト入ってるんですね」
帰り支度している梓ちゃんに話し掛けられて、僕はええと返事を返す。
「頑張ってくださいね。それじゃあ、お先に失礼します!」
「お疲れ様です」
梓ちゃんの笑顔に心から癒された。若いのにどんな仕事でも嫌な顔ひとつせず働くし、いつも笑顔でとても感じの良い子だ。うん、やっぱり笑顔は大事だなぁなんてのほほんと考えていたら、来店を知らせるベルが鳴り響いた。
「いらっしゃいませー」
笑顔とともに振り返れば、そこには高身長で見た目爽やかな好青年…──そう、昨夜注意しろと言われたばかりの人物、沖矢昴が立っていた。
「ボックス席空いてますか?」
「っあ、はい、空いてますよ。こちらにどうぞ」
突然の来店に心臓がバクバクいっている。まさか、初日から接触する事になるとは…。心の準備が整ってません!
内心冷や汗ダラダラになりながらも笑顔で奥のボックス席に案内すると、沖矢さんは何処吹く風でブラックコーヒーのホットをひとつ注文する。
「───以上で、よろしいですか?」
にこっ。笑顔が少し引きつってしまったが、沖矢さんは特に何も触れず「はい」とだけ返事し、持ってきたのであろう本を読み始めてしまった。
───今が逃げるチャンス!
「では失礼します」
ひええええ。と、心の中で悲鳴を上げながら、僕は沖矢さんの目の前から一目散に退散した。