メーデーメーデー!08

 顔色が悪くなった僕に気付いたのだろう。沖矢さんは何か言おうとして口を噤んだ。

「………」

「………」

 暫く二人の間に沈黙が流れる。

 その沈黙を破り、最初に口を開いたのは沖矢さんだった。

「…男性の方でも、やはりストーカーされるというのは恐怖だと思います」

 ぽつりの零れ落ちたその言葉に、僕は俯いていた顔を上げた。

「男だから平気だ、と言うことはありません。見えない恐怖という物は想像以上に恐ろしいものだと思います」

 そうなのだ。見えない、知らないと言うのは思ったより恐怖を掻き立たされた。

「一人でどうにかしようと思わないで下さい」

 いつもは細目で全然見えないのに、そこから覗いた深緑の真摯な瞳に、僕は息を飲んだ。

「誰でも良いので頼って下さい。一人で解決しようと思わないで」

「だれ、でも…」

「ええ。家族、親戚、知人、友人…。僕だって力になりますから」

 知り合いなんてゼロくんと先生くらいしかいない。それでも、目の前の力強い言葉に、僕は確かに救われたのだ。一人で心細かった筈なのに、その言葉ひとつで気持ちが随分と軽くなったのを感じた。

「ありがとうございます、沖矢さん」

「…いえ。お礼を言われるほどのものでは」

 沖矢さんはそう言うが、確かに僕はその言葉に助けられたのだ。力なく微笑みながら、僕はゆるりと口を開く。

「沖矢さんのおかげで、随分と気持ちが楽になりましたので」

 本当にありがとうございました、とぺこりと頭を下げると、沖矢さんは少しだけ困ったように微笑んだ。

 僕はこのまま帰るのも何だか勿体無い気がして、何でもないふうに装いながら世間話を口にする。

「そう言えば、沖矢さんってお幾つなんですか?」

 ふと疑問に思ってそう尋ねると、沖矢さんは少しの間のあとに27ですと答えた。

「27歳!若いなぁ」

 こんなにも落ち着いて大人っぽいのに年下か。まあ、大学院生と言っていたしそんなものなのかな。

「…安室さんはお幾つなんですか?」

 どうやら僕の世間話に付き合ってくれるようだ。僕は本当なら30歳だが、今の姿…W安室さんWの年齢を答える。

「29歳」

「ほぉー。それこそ全然見えませんね。もっとお若いかと思いました」

「よく言われます。僕、童顔だから」

「いやいや、若々しいなんて良いじゃ無いですか。僕なんて年がら年中こんな感じなので、大学では初老なんて言われてます」

 しょ、初老!?思わず噴き出してしまった。確かに落ち着いた雰囲気はおじいちゃんのそれに似ている気がする。

「あっ、その顔は納得しましたね?」

「い、いや…ふふっ!でも、沖矢さんって確かに暖かくて安心出来る雰囲気があるから…分かる気がします」

 初老ってあだ名は斬新ですけど、とくすくす笑いながらそう言えば、沖矢さんもどこかホッとしたような柔らかい笑みを浮かべた。

「───さて、落ち着いた所でそろそろ帰りましょうか」

「そうですね」

 胸がほっこりと暖かくなり、先程の恐怖がまるで嘘用に消えていた。今なら大丈夫な気がする。だから沖矢さんもそう声を掛けてくれたのだろう。

「帰りますか」

 大丈夫。と自分に言い聞かせて…。


 

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