メーデーメーデー!20

「どこの女よ!?」

 ヒステリックに叫ぶ佐藤夏子。金切り声に近いそれに、冷や汗が止まらない。

「一体、どこの誰!?なんで、そんなキスマークなんて…!黙ってないで何か言いなさいよ透!」

 佐藤夏子とは店員と客の関係であって、決して特別な仲ではない。それなのにさも当たり前のように頻りに安室透の名前を呼ぶ。

「…っ、貴女は…一体…」

 正直、怖い。しかしだからと言ってこのままにしておく訳にもいかない。店内にはまだ他のお客様もいるし、何があってもお客様を危険な目に合わせる訳にはいかなかった。

「誰よ誰なの!?そこの女!?それともあっちの!?」

 疑心暗鬼にでもなってるのだろうか。店内をギョロギョロと血走った目で見渡す。周りでは彼女と目が合う度に小さな悲鳴が上がっている。それでもお構い無しにアイツかコイツかと怨恨の眼差しを向けていた。

 ───このままでは、危ない。

 秋良は震えそうになる身体を押さえつけ、佐藤夏子へと対峙した。

「…何を言っているんです?僕に彼女なんて居ないのは貴女もご存知なのでは?」

 努めて冷静に。低く唸るようにそう言葉を紡ぎ出せば、今まで周りを見渡していた瞳がすうっと再び秋良を真っ直ぐ捉えた。

「…じゃあそのキスマークは一体何なのよ!?」

 激昴する佐藤夏子。さて、ここでこれは虫刺されと言って果たして通じるものだろうか。…いや、きっと無駄だろう。どうしたものかと思案していた所で、突然店のドアベルが鳴り響いた。

 コツコツと、ゆったりと歩く音。目の前の彼女に意識を向けたまま、空気も読まず来店してきたお客さんに秋良はやや厳しい目を向けた…その時。

「…おや、何かトラブルでも?」

「沖矢、さん…」

 憮然とした表情で秋良の隣に並ぶその人は、いつもW偶然Wタイミング良く現れる沖矢昴その人だった。

「また、アンタ…」

 ギリィと唇を噛み締める目の前の彼女を見た沖矢は、瞬時に何が起きていると理解したのか、その細い目を佐藤夏子に向けた。

「ところで貴女は、どちら様ですか?」

「──そこの…透の彼女よ…」

「ほぉー?彼女ですか」

 何を考えているかは分からないが、沖矢の登場に佐藤夏子の表情にも戸惑いが見れた。秋良は背後で震える二人に申し訳なく思いながらも、頼りになる隣の存在に少しだけ心が軽くなる。ちらりと秋良に目線を寄越す沖矢に、秋良はNoの意味を込めて小さく頭を振った。

「…ふぅん。ですが、変ですね。彼に彼女がいたとは聞いたことありませんでした」

「何が言いたいんですか?私が嘘をついているって?」

「そうですね」

「はぁ!?アンタに私と透の何が分かるって言うのよ!?」

 カウンターを激しく叩きつけ声を張り上げる佐藤夏子。その音に秋良の肩がびくりと跳ねた。

「…寧ろ、貴女こそ彼の何を知っていると言うんです?」

 きっと沖矢は秋良が怯えている事に気が付いているのだろう。時折秋良の様子を窺いながら慎重に言葉を選んでいるのが窺えた。


 

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