メーデーメーデー!21
「彼の好きなものは?」「…はぁ?」
「嫌いなものは?」
「何、を…」
「何が趣味で休日の過ごし方は?」
「………」
好きなもの、嫌いなもの、趣味や過ごし方。単純な質問は普通本当の彼女であれば答えられるものだった。
でも彼女は答えられない。何故ならば安室透の彼女では無いからである。
「おや、おかしいですね。彼女なのに何も知らないんですね」
「っアンタに透の何が分かるって言うのよ!?」
ギリギリ噛み締めている唇からは赤い鮮血が見られた。それでもお構い無しに佐藤夏子は悔しそうに、煩わしそうに唇を強く噛み締める。
「僕ですか?…そうですね」
すっと秋良の方に目を向ける沖矢。一瞬覗いたグリーンの瞳に秋良は息を呑む。
「ブラックコーヒーも飲めるけど実は少しミルクが入ったものの方が好きとか。運動神経は悪くないのに少し鈍臭い所があるとか。…警戒心が強そうに見えて、意外とすぐ人に懐いてしまう所とか」
意外、だった。こんなにも秋良を見ていたなんて。息を止めてその様子を茫然と見詰めていると、ふと秋良の前に影がさした。
「───心許した人には簡単に隙を見せる所とか」
あ、と思った時にはもう遅い。
ちゅ、とリップ音がしたと思ったら何事も無かったかのように沖矢は佐藤夏子に向かって不敵に微笑んだ。
「普段は格好よく見えても意外と可愛い人なんですよ、彼」
首筋に手を這わしてそう言い切った沖矢に、後からは「嘘っ」と小さな悲鳴が聞こえてきた。もしかしなくても、キスマークの犯人が沖矢だと勘違いされている。
「そ、れ…アンタ、が…?」
震える指を秋良に向けたまま戦慄く佐藤夏子。沖矢はただにんまりと笑うだけで何も答えない。秋良もまた、何が何だか分からずただはくはくと口を開いたり閉じたり。まさかこんな展開になるとは誰が思うだろうか。
しかしそんな空気も何処吹く風。沖矢は飄々とした様子で再び口を開く。
「──ああそれとも、もっと深いキスを御所望でしたか?」
何なら今ここで見せますよ、ともとれるその言葉に、佐藤夏子は顔を真っ赤に染めた。
その言葉につぶさに反応したのは秋良だった。
「ひ、人前で、何をっ…!」
秋良は顔を真っ赤にさせて取り敢えずそれだけ言うと、沖矢はおや残念と洩らす。
秋良からしたら沖矢の機転による嘘であるが、周りから見たらそれは仲睦まじいカップルのそれである。現に、店内にいる女性客から小さな黄色い声が上がっていたのだが、この現状に追い付くのに必死な秋良は全く気付いていなかった。
「〜〜〜〜っ!!」
その空気に耐え切れなくなったのだろう。佐藤夏子は、鞄と出しっぱなしにしていた本を引っ掴むとバタバタと逃げる様にお店から出ていってしまった。