夢だと言ってくれ01
あれから、数日が経った。あの日を境に、ポアロに来店するお客さんの客層がぐっと変わった。主に若い女性客。目的?それはもちろん…。「安室さん、コーヒーひとつ」
にこりと優しく笑いかける沖矢。ただそれだけなのに、周りの女性客から小さな悲鳴が上がる。
「キャーーー!」
キャッキャッと騒ぐ女性達。秋良は引き攣りそうになる顔を必死に引き締めた。
「…かしこまりました」
「いやーーん、ツーショットよー!」
「………」
「…なるほど」
たったこれだけなのに。それなのに、女性達は沖矢と秋良のやり取りを興奮した面持ちで観察していた。
こうなった原因は、この間のストーカー事件のせいである。あれからストーカーは無くなり平穏に戻れる…と思ったのは夢だった。前以上に頭を悩ませているそれに、秋良は軽く頭痛のする頭を抑えながらその場を立ち去った。
あの後、秋良は降谷にあの日あった事を全て話した。…話した時の、あの降谷の表情は一生忘れる事はないだろう。特に沖矢とのあのシーン。掠め取られたキスの話の時には、手に持っていた箸が真っ二つに折れ曲がっていたほどだ。…食事中にするものではなかったと気付いたが既に遅し。
無言で立ち上がったと思ったら、洗面所から真新しいタオルを持ってきて、何度もゴシゴシとそのタオルで唇を擦られ唇が腫れるかと思った。しかもそれに飽き足らず、真顔で漂白剤を顔面に…いや、主に唇にぶっかけようとしてきた。恐ろしい子。
あの手この手で何とか漂白剤は辞めさせることに成功したが、その後がまあ大変な目に遭った。内容は割愛する。理由は聞かないで欲しい。
その後、何度も沖矢昴殺すと呟く様は恐怖映像そのもので…。背筋が凍るとはこの事かと思ったものである。
ほとぼりが冷めるまでポアロに行くなと言われたがそうもいかない。元々シフトに入っていた日をドタキャンするなんて真似秋良には出来なかったのである。何度もの説得の末ポアロのバイトの権利を得た秋良であったが…。
───こんなのならバイト来なかった方がマシだった!
突き刺さる視線の数々。あの日、お客さんはそんな多くなかったのにも関わらず、何がどうしてここまで広まってしまったのだろうか。
───人の口に戸は立てられない、と言うやつか。
だからと言って、お客さんである沖矢を無視する訳にもいかない。本日マスターと秋良の二人なので、梓もいないから身代わりがいない。なんてこった。
秋良はこれ持って行ったらまた騒がれるんだろうなと心の中で涙を流しながら、沖矢の注文であるブラックコーヒーをいれるのであった…。