夢だと言ってくれ02
ことり。目の前に置かれたコーヒーに気付き顔を上げると、複雑そうな顔をした秋良がそこにいた。「ありがとうございます」
沖矢は周りの異様な空気に気付いていながらもそれを無視して平然とお礼を言う。それに対して秋良も情けないような表情で「それではごゆっくり」とだけ言うと、そそくさとその場を立ち去ろうとした。
その足歩みを止めたのは沖矢だった。
「っ、何です?」
腕を掴まれた秋良はその場でたたらを踏み立ち止まる。周りからまた黄色い悲鳴が聞こえてきたがそれを無視し、沖矢小さな声で秋良に問い掛けた。
「──あれから、付け回されることは?」
ずっと気掛かりであったのだ。あれから大丈夫だったのか。それを確認したいがために今日来店したと言っても良い。
秋良は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐにいつもの柔らかい表情で問い掛けに答えた。
「あれからは全く」
「…それなら良かった」
本当に、心からそう思った。沖矢はあの時…顔を真っ青にして震えながらもストーカーに対峙していた秋良を見た時、庇護欲にも似た気持ちを抱いていた。
だから秋良を庇うように前に立ちふさがった。そして問い掛けてみて、ストーカーが秋良の事を大して知らない事に酷く腹を立てた。彼の事何も知らない癖に彼女面するな、とあの時確かに思ったのだ。そしていつもはしっかり考えて行動する自分が、感情だけで動いてしまった。
掠めとるようにキスをして、たまたま見えた首のキスマークをまるで自分が付けたかのようにわざと見せびらかす。
それが幸をなしたのか、ストーカーは慌ててその場を立ち去り事なきを得たのだが、その時沖矢は確かに満足感を抱いていた。
真っ赤に染まった顔を見て、ゾクリと背中が粟立つような…高揚感を得た。それと同時に苛立ちも感じたのである。
───キスマーク、誰に付けられたんだ?…と。
自分ではない。前日の夜にあった時は何も無かった筈なのに。そう思うともやもやとした黒い蟠りが胸を燻って不快感だけが残った。
謎をそのまま残しておくのは性分に合わない。謎は解いてこそ意味を成す。
「…ところで安室さん」
「はい?」
きょとりと瞬きをする秋良。これから何を聞かれるか全く分かってないのだろう。沖矢はいつもと変わらないニヒルな表情のまま、ゆるりと言葉を紡ぎ出した。
「首のそれ、本当は誰に付けられたんですか?」