夢だと言ってくれ03
トントン、と首を人差し指で指してみれば、しばしの逡巡の後、途端に秋良の表情が真っ赤に染まり上がった。「っ!?」
「…ほぉー」
その表情で、秋良はW誰に付けられたのか正しく理解しているWと言う事実に気付く。
「…ふむ。それを付けた方は、どうやら随分と束縛的な人なんですね」
誰にも渡さないとでも言うかのような赤い痕。キスマークというのは一種のマーキングだ。
その事実に、沖矢は苛立ちを感じられずにはいられなかった。
「や。え、と…これは…」
きょろきょろと視線を這わせながら言い淀む秋良。その様子にすら嫉妬心が込み上げてきそうになる。
「…意中の人がいらっしゃるんですね」
幾分か落ちてしまった声色に、秋良は慌てたように頭を振った。
「えっ、いや違いますから!本当にこれは、あの…事故のようなもので…」
事故のようなもの、とは何だ。周りの気温が急激に落ち込んだのにも気付かず秋良は話を続ける。
「寝惚けて付けられたんです」
まるで何でもないふうに言う癖に、どこか恥ずかしげなその表情に余計に苛立ちが募った。
「…ほぉー」
彼の事はほとんど何も知らないが、そのキスマークを付けた人物をどうやら余程信頼しているようだ。でなければ、そんな隙など見せるはずない。
───例えば、目の前の彼と同じ顔の、本来の安室透…とか。
そこまで考えが行き着いた所で、お店のドアベルがカラコロと音を立てて来客を知らせた。
「…あ、いらっしゃいませー」
パッと顔を逸らしてドアの方へ向けた秋良の視線に、笑顔満開な高校生二人が映りこんだ。そして瞬時に固まる秋良。
「やぁだ、邪魔しちゃったかしらー?」
「こら、園子!えっと、こんにちは安室さん、沖矢さん」
蘭と園子。紛うことなきその二人に、秋良はどこか遠い目をする。
「ははは、いらっしゃい。…お好きな席にどうぞ」
突っ込む気力もない。そう言いたげな表情に、少しだけ沖矢は同情した。
「うふふふ、今日は安室さんにイイモノ持ってきたのよー」
カウンター席に腰掛ける二人に、秋良は疲れた顔をしながらも小首を傾げた。
「イイモノ…?」
少し不穏な空気を感じるのは気の所為なのか。何やら鞄を漁り始めた園子の様子を眺めながら待つこと少し。ジャーン、という効果音と共に現れたのは一冊の薄いノートのような物だった。
「…それは?」
「ふふふふ、良いから読んでみて下さいー」
「──?はぁ…」
背表紙には何も書かれてないそれ。園子から手渡されたノートを素直に受け取り、ぱらりと何気なく捲ったその瞬間、秋良の顔色が沸騰したヤカンの如く蒸気を上げながら真っ赤に染まった。