束の間の安寧01
「…え?ゼロくんが、明日のバイト行くの?」夕食時、いつものように二人向かい合ってご飯を食べていた時だった。何でもないふうにさらりと「明日俺がポアロに行くから」とゼロくんが言い出したのだ。
「久々に毛利先生の所にも顔出したいし。…何か不都合でもあったか?」
「いや、ないけど…」
これまであったことは逐一報告してるし、入れ替わって怪しまれることは無いだろう。しかし、一番の懸念材料があの沖矢昴だった。
「今ポアロ行くと…その、結構…噂されるかもだけど、大丈夫?」
何かと沖矢さんと僕の噂に花を咲かせる女性達が後を絶たない日々。あの梓ちゃんもいつの間にかその話を知っていたらしく、沖矢さんが来る度にここは任せてそっちに行ってください!なんて言ってくる始末。…きっとマスターから全て聞いたのだとは思うけれど、いつの間にか広がるばかりで静まることを知らない噂に辟易としていた。
「ああ、沖矢昴の…。まあ、適当に流しながらやるよ」
不快そうに沖矢さんの名前を言いながら、何とかする…とは言っているものの。果たして本当に大丈夫なのだろうか。
「あの、周りから色々言われるかもだけど、気を確かにね…!」
アドバイスらしいアドバイスが出来ない。取り敢えず、頑張れとしか言いようのないそれにゼロくんは小さな溜め息と共に頷いた。
「じゃあ僕は明日先生の所に顔出して来ようかな」
久々に先生に会いに行くのも悪くない。そう思ってゼロくんに言えば、良いんじゃないかと賛成してくれた。
「宜しく言っておいてくれ」
「うん、分かった」
にっこり微笑みながらそう言えば、ゼロくんも漸くその顔に笑みをゆるりと浮かべた。
「じゃあ明日の予定はポアロのバイトだけ?」
「ああ。だから早く帰れると思う」
最近は帰ってくるのが遅かったり、どこかに泊まったりと中々ゆっくりと出来てなかったゼロくん。
「それならやっぱり僕がバイト出て、ゼロくんは一日ゆっくり休んだら良いのに」
仕事人間のゼロくんは毎日働きっぱなしだ。警察の人間であるとは聞いていたので、色々大変なんだろうなとは思ってはいるが…。
「いいんだ。元は俺が行くべきバイトだし。それに案外気分転換になって良いんだ」
確かに、コーヒーの香り漂う喫茶店の落ち着いた雰囲気は僕も気に入っている。マスターも梓ちゃんもいい人だし、常連さんとも仲良くさせてもらっている。ただ、やっぱり心配なのは…。
「普段のポアロとは違うから…ゼロくんがストレス抱えてこないか気掛かりだよ」
ストーカー事件から一変した喫茶店の雰囲気に、果たしてゼロくんは慣れることが出来るのか…。
───キスの話だけで箸折っちゃうくらいだし、ちょっと不安なんだよなぁ…。
ゼロくんが自分で行くと行っているのでそれに異を唱えるつもりは無いが、やはり心配なのは変わらない。
「何事も無いといいけど…」
「…ん?なにか言ったか?」
「んーん、何でもない。明日、頑張ってね」
「ああ」
───せめて沖矢さんが明日ポアロに来る事がありませんように。
ぽつりと呟いた言葉はゼロくんに届くこと無く宙へと消えるのであった…。