敵か味方か03
ポチポチと携帯電話をタップしながら眠気と戦っていると、不意に玄関が開く音が聞こえてきた。「ただいま」
数分もかからずリビングに繋がる扉が開いて、そこから現れたのはふんわりと上品な香りを纏ったゼロくんだった。
「おかえりなさい。今日も一日お疲れ様」
手にしていた携帯電話をローテーブルに伏せておいてゼロくんに近寄る。すると一層強く香る香水の匂いに小首を傾げた。
「今日は探偵のお仕事だったっけ?」
「え?」
その言葉に、ゼロくんはきょとりと瞬く。
「いや、ゼロくんから女性物の香水の匂いがしたから…。最近、ストーカー被害にあっている女性から依頼受けてるって言ってたよね?」
今日、知り合いが入院しているみたいだから病院に行ってくると言っていたのだが、それと同時に探偵の依頼話が出てたのをしっかり覚えていたのだ。何でも小学校の先生らしいのだが、ストーカー被害に悩まされているとか。男でも怖かったのに、女性なら尚のこと怖いんだろうなと同情したのも記憶に新しい。だからそれかなぁと小首を傾げていたのだが、僅かにゼロくんの表情が強ばったのを見逃さなかった。
───あ、これ踏み込んじゃダメなやつだ。
そして今日会っていたのは依頼主では無いことに気付く。すぐにそれを理解した僕は、へらりと何でもないふうに笑うとご飯食べる?と声を掛けた。
「…いや、先に風呂にするかな」
「はーい」
受け取ったジャケットをハンガーに掛けながら返事をすれば、少しだけ神妙な顔をしていた。それに気付かないふりして、温度を確かめるためにお風呂場に向かう。
程よい湯加減ですぐにでも入って大丈夫そうだ。バスタオルだけ脱衣場の籠の中に用意して置くと、タイミング良く着替えを手にしたゼロくんがやって来た。
「湯加減も丁度いいし、すぐ入れるよ」
「分かった。ありがとう」
ごゆっくり。そう声を掛けて脱衣場から抜け出す。
「…………」
ゼロくんがお風呂に入ったのを確認してから、詰まっていた息を漸く吐き出すことが出来た。
「…はぁ、危なかった」
誰にだって踏み込んで欲しくない一線はある。仕事にしろプライベートにしろ、だ。
「…うーん、彼女とか…かな」
とても上品な香りだった。安い香水とかではない。きっとお高いやつ。身だしなみに気を付けるような素敵な女性なのだろうと勝手に推測する。
「ゼロくんの横に並んでも見劣りしない女性っぽいな」
───匂いしか分からないけど、きっと綺麗な女性なんだろうなぁ…。
そんな事考えて、慌てて頭を振った。
「あーだめだめ、変に勘繰ったら気付かれちゃう」
人の表情や行動に機敏なゼロくんだ。微かな変化にきっと気付いてしまう。でも、と情けなく眉を下げた。
「やっぱり僕がいるから部屋に連れ込めないんだろうなぁ…」
知らず知らずのうちにゼロくんの足枷になっている。本当は綺麗なお姉さんと一夜を共にしたい日だってあるだろうに…。でもきっとゼロくんはそんな事言わない。何だかんだで僕を優先するのだ。それに優越感を覚えてまた沈む。
「僕、サイテーだな…」
自分のことばっかり。もっとゼロくんの幸せを願うべきなのに。ゼロくんのお陰でここにいれるのに…。見たことも無い女性を思い浮かべて上手くいかなきゃ良いのに…と一瞬でも思ってしまって胸が痛んだ。