敵か味方か10

「どうぞ、適当に座っていて下さい」

「…ありがとう」

 沖矢は冷めてしまった紅茶を手に再びキッチンへと姿を消した。

「…………」

 スピーカー、写真立て…。安室は待っている間、様々な所に張り巡らされた隠しカメラをちらりと一瞥しながらゆるりと笑みを浮かべソファーへ腰を下ろした。

 暫く座って大人しく待っていると、リビングに通じる扉がカチャリと音を立て開いた。

「お待たせしました」

 新しく紅茶を入れ直してきたようだ。そんな沖矢に安室は不敵に微笑みながら唐突に口を開く。

「───ミステリーはお好きですか?」

 沖矢はソファーに腰掛けている安室の前にそれを差し出しながら「ええ、まあ」と返事をする。

「ではまずはその話から。ま、単純な死体取り替えトリックですけどね」

「ほぉー。ミステリーの定番ですね」

 興味深げに沖矢が微笑んだ。

 安室は余裕のある笑みを浮かべながらゆるりと言葉を紡ぎ出す。

「ある男が来葉峠で頭を拳銃で撃たれ、その男の車ごと焼かれたんですが…辛うじて焼け残った右手から採取された指紋が生前その男が手に取ったというある少年の携帯電話に付着していた指紋と一致し、死んだ男の身元が証明されました」

 何の変哲もないストーリー。沖矢は無言のまま続きを促す。

「でも、妙なんです」

「妙、とは?」

 特別変な所は無かったように思えたが。やや小首を傾げそう問い掛けると、安室は表情を変えないまま言葉を続けた。

「その携帯に残っていた指紋ですよ。その男はレフティー。左利きなのに、何故か携帯に付着していたのは右手の指紋だった。…変だと思いませんか?」

「携帯を取った時、偶然利き手が何かに塞がっていたからなんじゃ…」

 沖矢は考えうる推理を提示する
。左手に何かを持っていたら右手を使うのでは無いのか、と。それに対して安室は小さく笑みを浮かべた。

「もしくは右手で取らざるを得なかったか」

 すっと細まった瞳に、沖矢も神妙な表情を見せる。

「…ほぉ、それは何故」

「その携帯はね、その男が手に取る前に別の男が拾っていて、その拾った男が右利きだったからですよ」

 安室は目の前に用意してあった紅茶を手に取ると、ゆったりとミルクを注いだ。

 茶色い液体がみるみる色を変えてゆく。

「…別の男」

「ええ」

 ミルクティーになったそれを持ち上げた。

「実際には3人の男にその携帯を拾わせようとしていたようですけどね」

 カップを傾けたこくりと喉を鳴らす。そして沖矢を真っ直ぐに見据えた。

「さて、ここでクエスチョン」

 唐突な問題に沖矢は耳を傾ける。

「最初に拾わせようとしたのは脂性の太った男。次に首にギプスを付けたやせ細ってた男。そして最後にペースメーカーを埋め込まれた老人。その3人の中で指紋が残っていたのは1人だけ。…誰だと思います?」

 考える間もなく沖矢は簡単だとばかりに平然と答えを導き出した。

「2番目の痩せた男ですね。何故なら最初の太った男が拾った時に附着した指紋は綺麗に拭き取られてしまったから。油まみれの携帯をあとの2人に拾わせるのは気が引けるでしょうしね。そして3番目の老人は携帯の電波でペースメーカーが不具合を起こすのを危惧して拾いすらしなかった、と言ったところでしょうか」

「ええ」

 手に持っていたカップをソーサーに戻す安室。たぷりと揺れた液体は少しも減っていないように見えた。

「…でも、痩せた男のあとに問題の殺された男もその携帯を手にしてたんですよね?だったらその男の指紋も…」

「付かない工夫をしていたとしたら?恐らくその男はこうなる事を見越して、予め指先にコーティングしていたとしたら…」

 鬱蒼と微笑みながら、安室はそう言い放った。


 

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